りょうごんきょう】巻十


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 ぎょうおんの十種の魔境


シャ様:

[SG1001001]

「アーナンダよ! 修行者がさんを修め、そうおんが尽き果てた時、日常に起こるもうそうと夢は永く絶え、

阿難! 彼善男子修三摩提想陰盡者,是人平常夢想銷滅,[SG1001002]

覚醒時も睡眠時も、心は落ち着き、晴れ渡る空のように常に清明で、ぜんじんの粗く重い雑念は二度と起こらない。

寤寐恒一,覺明虛靜猶如晴空,無復麁重前塵影事,[SG1001003]

世間の山川や大地を見る時、それはさながら鏡に映るが如し。

觀諸世間大地山河,如鏡鑑明,[SG1001004]

対象が来ても去っても、心は執著せず、跡を残さない。

來無所粘,過無蹤跡。[SG1001005]

ろっこんしゅうせいは尽き果て、ただ唯一の真心のみが残り、あらゆる感覚は真心の中に現れる幻影にすぎないと知る。

虛受照應,了罔陳習,唯一精真;[SG1001006]

ここに至り、しょうの根本であるぎょうおんが初めてはっきりと現れる。

生滅根元,從此披露。[SG1001007]


修行者は、じっぽうの十二類のしゅじょうぎょうおんの働きに駆られて業を作り、しょうを招くことを洞察したが、なおそれぞれの命の由来をきわめることはできない。

見諸十方十二眾生,畢殫其類。雖未通其各命由緒,[SG1001008]

このぎょうおんろっこんの最終の中枢であり、野にゆらゆらと立つかげろうのように清らかに揺らめいている。

見同生基,猶如野馬熠熠清擾,為浮根塵究竟樞穴;[SG1001009]

このきょうは『ぎょうおん』と呼ばれる。

此則名為行陰區宇。[SG1001010]


波が静まるように、この揺らめくぎょうおんほんらいの平静のしんせいに立ち戻り、

若此清擾熠熠元性,性入元澄,一澄元習,如波瀾滅化為澄水,[SG1001011]

このきょうは『ぎょうおん尽』と呼ばれる。

名行陰盡,[SG1001012]

このきょうに達した者はすでにしゅじょうじょくを超えている。

是人則能超眾生濁。[SG1001013]

ぎょうおんの根本を究め、『ゆういん(幽かで、隠れたさま)もうそう』がその根本なのである。

觀其所由,幽隱妄想以為其本。[SG1001014]




    一、

聴きなさい、アーナンダよ!

阿難當知,[SG1001015]

しょうけんを持つ修行者は、シャの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

是得正知奢摩他中諸善男子凝明正心,十類天魔不得其便;[SG1001016]

修行者は十二類のしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、そのほんぜんほんらいありのままに存在すること)の性から結論を引き出してしまう。

方得精研,窮生類本,於本類中生元露者,觀彼幽清圓擾動元,於圓元中起計度者,[SG1001017]

その結果、修行者は二種の『いん(因はないこと)ろん おちいる。

是人墜入二無因論:[SG1001018]


一つ目は、しゅじょうの出現はいんであるという見解。なぜこの結論に至るのか?

一者、是人見本無因。何以故? [SG1001019]

修行者はしょうの根本を観察し、げんこんの八百のどくによって、八万劫の間のあらゆるしゅじょうを見渡し、しゅじょうが業の流れに従ってしょうりんを繰り返す様子を見届ける。

是人既得生機全破,乘于眼根八百功德,見八萬劫所有眾生,業流灣環、死此生彼,秖見眾生輪迴其處。[SG1001020]

しかし、八万劫より前の世界は真っくらやみで、見ることができない。

八萬劫外,冥無所觀,[SG1001021]

それで、修行者は結論づける。

便作是解:[SG1001022]

じっぽうの世界のあらゆるしゅじょうは、八万劫の前に因なく突然出現したのだ』と。

『此等世間十方眾生,八萬劫來無因自有。』[SG1001023]

この誤った推論により、しょうけんを失い、堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度,亡正遍知,墮落外道,惑菩提性。[SG1001024]


二つ目は、しゅじょうのありさまはいんであるという見解。なぜこの結論に至るのか?

二者、是人見末無因。何以故? [SG1001025]

修行者はしょうの根本を観察し、そしてこう考える。

是人於生既見其根,[SG1001026]

『人は人から生まれ、鳥は鳥から生まれる。

知人生人,悟鳥生鳥;[SG1001027]

烏は最初から黒く、くぐいは最初から白い。

烏從來黑,鵠從來白,[SG1001028]

人やてんにんは最初から直立し、ちくしょうは最初から四足で立つ。

人天本竪,畜生本橫,[SG1001029]

白は洗われて白くなったのではなく、黒は染められて黒くなったのではない。

白非洗成,黑非染造;[SG1001030]

八万劫の間、これらは変わることがなかった。

從八萬劫無復改移。[SG1001031]

ならば、私も同じだ。ほんらい仏ではなく、なぜ仏となれるのか?

今盡此形,亦復如是。而我本來不見菩提,云何更有成菩提事! [SG1001032]

万物のありさまはほんらいいんなのだ』と。

當知今日一切物象,皆本無因。[SG1001033]


これらの誤った推論を信じ込み、修行者はしょうけんを失い、堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度,亡正遍知,墮落外道,惑菩提性。[SG1001034]

このような者は第一種のどうであり、『いんろん』を立てる者である。

是則名為第一外道,立無因論。[SG1001035]




    二、

アーナンダよ! 修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

阿難! 是三摩中諸善男子,凝明正心,魔不得便;[SG1001036]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、そのじょうじゅうの性から結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於圓常中起計度者,[SG1001037]

その結果、修行者は四種の『へんじょう(遍く常に存在すること)ろん おちいる。

是人墜入四遍常論:[SG1001038]


一つ目は、修行者は心と境のこんげんを究め、両者の出現がいんであるとはんだんする。

一者、是人窮心境性,二處無因;[SG1001039]

二万劫の間のしゅじょうのあらゆるしょうめつを観察し、すべてがじゅんかんして終わりがないことを見て、

修習能知二萬劫中十方眾生所有生滅,咸皆循環不曾散失,[SG1001040]

心と境がじょうじゅうであると結論づける。

計以為常。[SG1001041]


二つ目は、修行者は四大元素を究め、四大の性がじょうじゅうであるとはんだんする。

二者、是人窮四大元,四性常住;[SG1001042]

四万劫の間のしゅじょうのあらゆるしょうめつを観察し、四大の性は消失しないことを見て、

修習能知四萬劫中十方眾生所有生滅,咸皆體恒不曾散失,[SG1001043]

四大がじょうじゅうであると結論づける。

計以為常。[SG1001044]


三つ目は、修行者はろくしきしきヤシこんげんを究め、この心・しきこんげんじょうじゅうであるとはんだんする。

三者、是人窮盡六根末那執受,心意識中本元由處,性常恒故;[SG1001045]

八万劫の間のあらゆるしゅじょうりんを観察し、八識の性がじょうじゅうで、失われることがないことを見て、

修習能知八萬劫中一切眾生循環不失,本來常住,窮不失性,[SG1001046]

八識の性がじょうじゅうであると結論づける。

計以為常。[SG1001047]


四つ目は、修行者のそうおんがすでに尽き果て、しょうめつするそうおんの心が永遠にしょうめつし、ぎょうおんの微細な動きがとまることのないことを見て、ぎょうおんしょうめつであるとはんだんする。

四者、是人既盡想元,生理更無流止運轉,生滅想心今已永滅,理中自然成不生滅;[SG1001048]

これにより、ぎょうおんじょうじゅうであると結論づける。

因心所度,計以為常。[SG1001049]


これらのじょうじゅうの推論を信じ込み、修行者はしょうけんを失い、堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計常,亡正遍知,墮落外道,惑菩提性。[SG1001050]

このような者は第二種のどうであり、『えんじょうろん』を立てる者である。

是則名為第二外道,立圓常論。[SG1001051]




    三、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001052]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、たいりつから結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於自他中起計度者,[SG1001053]

その結果、修行者は四種の『一部分はじょうであり、一部分は常である』というてんとうした見解におちいる。

是人墜入四顛倒見,一分無常、一分常論:[SG1001054]


一つ目は、修行者はこのみょうめいで、たんねんで、じっぽうに遍在するぎょうおんを観察し、これを『究極のしん』と見なす。

一者、是人觀妙明心遍十方界,湛然以為究竟神我。[SG1001055]

そして、『このしんは清明で、不動で、じっぽうに遍在する。すべてのしゅじょうは私の心の中で生きたり、死んだりする。

從是則計我遍十方,凝明不動;一切眾生,於我心中自生自死。[SG1001056]

ゆえに、私の心はじょうじゅうであり、しょうめつするしゅじょうじょうである』と結論づける。

則我心性名之為常,彼生滅者真無常性。[SG1001057]


二つ目は、修行者は自分の心を観察せず、じっぽうごうしゃ数の国土を広く観察する。

二者、是人不觀其心,遍觀十方恒沙國土,[SG1001058]

そして、『こうが波及する世界はじょうであり、こうが波及しない世界はじょうじゅうである』と結論づける。

見劫壞處名為究竟無常種性;劫不壞處,名究竟常。[SG1001059]


三つ目は、修行者は自分の心(ぎょうおん)を観察し、それがじっぽうに遍在し、じんのようにいん(幽かで目立たないこと)であるのを見て、

三者、是人別觀我心,精細微密猶如微塵,流轉十方[SG1001060]

『その性質はへんであり、しゅじょうしょうめつするこんげんである。

性無移改。能令此身即生即滅,[SG1001061]

このの性こそがじょうじゅうの我であり、すべてのしょうめつはこの我から流れ出るじょうのものである』と結論づける。

其不壞性名我性常;一切死生從我流出,名無常性。[SG1001062]


四つ目は、そうおんがすでに尽き果て、ぎょうおんが絶え間なく流動しているのを見て、

四者、是人知想陰盡,見行陰流,[SG1001063]

『この流動の性はじょうじゅうであり、すでに尽き果てたしきおんじゅおんそうおんじょうである』と結論づける。

行陰常流計為常性;色、受、想等今已滅盡,名為無常。[SG1001064]


これらのいちぶんじょういちぶんじょうの論を信じ込み、修行者は堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度一分無常、一分常故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001065]

このような者は第三種のどうであり、『いちぶんじょうろん』を立てる者である。

是則名為第三外道一分常論。[SG1001066]




    四、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001067]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、その区分から結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於分位中生計度者,[SG1001068]

その結果、修行者は四種の『へん(果てがあること)ろん おちいる。

是人墜入四有邊論:[SG1001069]


一つ目は、修行者は、ぎょうおんが絶え間なく流動しているのを見て、

一者、是人心計生元,流用不息,[SG1001070]

『過去と未来はへんであり、この流動し続けるぎょうおんへんである』と結論づける。

計過未者名為有邊;計相續心名為無邊。[SG1001071]


二つ目は、修行者は八万劫の間のしゅじょうを観察し、八万劫以前の世界が真っくらやみで、何も見えないので、

二者、是人觀八萬劫則見眾生,八萬劫前寂無聞見。[SG1001072]

『その何も見えない時空はへんであり、しゅじょうの存在する時空はへんである』と結論づける。

無聞見處名為無邊;有眾生處名為有邊。[SG1001073]


三つ目は、修行者は、自分の遍在する心がへんであるとはんだんする。

三者、是人計我遍知,得無邊性。[SG1001074]

そして、『すべてのしゅじょうは私の心の中に現れるものである。彼らのかくがどこに及ぶか私は知らない。だから、彼らは私のへんの心を持っていない』と考え、

彼一切人現我知中,我曾不知彼之知性;名彼不得無邊之心,[SG1001075]

それで、しゅじょうの心がへんであると結論づける。

但有邊性。[SG1001076]


四つ目は、修行者はぎょうおんほんしつが空であるときわめ、

四者、是人窮行陰空,[SG1001077]

『すべてのしゅじょうの身は、半分が成長しており、半分が滅している』と観察し、

以其所見心路籌度,一切眾生一身之中,計其咸皆半生半滅。[SG1001078]

そして、『世界のすべては半分がへんであり、半分がへんである』と結論づける。

明其世界一切所有,一半有邊,一半無邊。[SG1001079]


これらのへんへんの論を信じ込み、修行者は堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度有邊無邊,墮落外道,惑菩提性。[SG1001080]

このような者は第四種のどうであり、『へんろん』を立てる者である。

是則名為第四外道立有邊論。[SG1001081]




    五、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001082]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、そのけんから結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於知見中生計度者,[SG1001083]

その結果、修行者は四種の『てんとうきょうらんへんきょろん(無意味な不敗の空論)』におちいる。

是人墜入四種顛倒不死矯亂遍計虛論:[SG1001084]


一つ目は、修行者はぎょうおんへんを観察し、

一者、是人觀變化元,[SG1001085]

変わることを『変』、

見遷流處名之為變;[SG1001086]

続くことを ごう』、

見相續處名之為恒;[SG1001087]

現れることを『生』、

見所見處名之為生;[SG1001088]

消えることを『滅』、

不見見處名之為滅。[SG1001089]

増えて絶えないことを ぞう』、

相續之因,性不斷處名之為增;[SG1001090]

続くものがはな ることを げん』、

正相續中,中所離處名之為減;[SG1001091]

生じたものを『有』、

各各生處名之為有;[SG1001092]

しょうめつしたものを『無』と呼ぶ。

互互亡處名之為無。[SG1001093]

修行者は理によって結論を出しながら、偏見を持って誤った見解を取る。

以理都觀,用心別見。[SG1001094]

もし人々が法を求めるなら、修行者は、『私はいま、同時に生・滅・ゆう ・増・減のじょうたいにある』と答える。

有求法人來問其義,答言:『我今亦生亦滅,亦有亦無,亦增亦減。』[SG1001095]

他人が理解できないように、常にでたらめを言う。

於一切時皆亂其語,令彼前人遺失章句。[SG1001096]


二つ目は、修行者は自分の心を観察し、念が一つ一つしょうめつし続けることから『無』の理を悟る。

二者、是人諦觀其心,互互無處,因無得證。[SG1001097]

もし人々が法を求めるなら、修行者はただ一言『無』とだけ答え、それ以外は何も言わない。

有人來問,唯答一字,但言其無。除無之餘,無所言說。[SG1001098]


三つ目は、修行者は自分の心を観察し、念が一つ一つ生じ続けることから『有』の理を悟る。

三者、是人諦觀其心,各各有處,因有得證。[SG1001099]

もし人々が法を求めるなら、修行者はただ一言『有』とだけ答え、それ以外は何も言わない。

有人來問,唯答一字,但言其是。除是之餘,無所言說。[SG1001100]


四つ目は、修行者は自分の心を観察し、念が有とも無とも見え、

四者、是人有無俱見,[SG1001101]

そのようそうが錯綜しすぎて、修行者は混乱におちいる。

其境枝故其心亦亂。[SG1001102]

もし人々が法を求めるなら、他人が反論できないように、修行者は、『有はすなわち無であり、無の中にもまた有ではない』というでたらめを言う。

有人來問,答言:『亦有即是亦無,亦無之中不是亦有。』一切矯亂,無容窮詰。[SG1001103]


これらの無意味な空論におちいり、修行者は堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度矯亂虛無,墮落外道,惑菩提性。[SG1001104]

このような者は第五種のどうであり、四種の『てんとうきょうらんへんきょろん』を立てる者である。

是則名為第五外道四顛倒性不死矯亂遍計虛論。[SG1001105]




    六、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001106]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、その尽きることのない揺れの性から結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於無盡流生計度者,[SG1001107]

その結果、修行者は『そう』というてんとうした論におちいる。

是人墜入死後有相發心顛倒:[SG1001108]


あるいは色の身にしゅうちゃくし、『我は色である』と思う。

或自固身,云色是我;[SG1001109]

あるいはじっぽうの国土が自分の心に現れることを見て、『我は色を有する』と思う。

或見我圓含遍國土,云我有色;[SG1001110]

あるいは自分は塵境を操ることができるゆえ、『色は我に属する』と思う。

或彼前緣隨我迴復,云色屬我;[SG1001111]

あるいは自分は色に依って活動するゆえ、『我は色に存在する』と思う。

或復我依行中相續,云我在色。[SG1001112]

このようにしきおんじゅおんそうおんぎょうおんの四陰から十六の『そう』の結論を出し、

皆計度言死後有相,如是循環有十六相。[SG1001113]

ぼんのうだいじょうじゅうであり、両者は永遠に平行して交わることがない』と結論つける。

從此惑計畢竟煩惱,畢竟菩提,兩性並驅,各不相觸。[SG1001114]


これらの『そう』の論を信じ込み、修行者は堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度死後有故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001115]

このような者は第六種のどうであり、おんの観察から『そう』というてんとうした論を立てる者である。

是則名為第六外道,立五陰中死後有相心顛倒論。[SG1001116]




    七、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001117]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、すでにしょうめつしたしきおんじゅおんそうおんから結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於先除滅色、受、想中生計度者,[SG1001118]

その結果、修行者は『そう』というてんとうした論におちいる。

是人墜入死後無相發心顛倒:[SG1001119]


しきおんしょうめつしたゆえ、形の依存する所はない。

見其色滅形無所因,[SG1001120]

そうおんしょうめつしたゆえ、心の起こる所はない。

觀其想滅心無所繫,[SG1001121]

じゅおんしょうめつしたゆえ、繋がりが絶えた。

知其受滅無復連綴,[SG1001122]

じゅおんそうおんはすでにしょうめつし、たとえ生命の機能があっても、草木と何が違うのか?

陰性銷散,縱有生理,而無受、想,與草木同。[SG1001123]

生きる時の色の身さえきょぼうであり、なぜに相があると言えるのか』と。

此質現前猶不可得,死後云何更有諸相? [SG1001124]

こう考えて、修行者は『そう』の結論に至る。

因之勘校死後相無。[SG1001125]

このように八つ(しきおんじゅおんそうおんぎょうおんの生前と)のそうの結論を出し、

如是循環有八無相。[SG1001126]

はんいんも空であり、ただ名のみで、すべては必ずだんめつする』と結論つける。

從此或計涅槃因果一切皆空,徒有名字,究竟斷滅。[SG1001127]


これらの『そう』の論を信じ込み、修行者は堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度死後無故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001128]

このような者は第七種のどうおんの観察から『そう』というてんとうした論を立てる者である。

是則名為第七外道立五陰中死後無相心顛倒論。[SG1001129]




    八、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001130]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,[SG1001131]

現存するぎょうおんしょうめつしたしきおんじゅおんそうおんから、有でも無でもないという矛盾した結論を引き出してしまう。

於行存中,兼受想滅,雙計有無,自體相破;[SG1001132]

その結果、修行者は『(何でもないこと)』というてんとうした論におちいる。

是人墜入死後俱非起顛倒論:[SG1001133]


『過去に存在したしきおんじゅおんそうおんは実はほんらい存在せず、

色、受、想中見有非有;[SG1001134]

いまぎょうおんを観察し、あるとも言えず、ないとも言えない。』

行遷流內觀無不無。[SG1001135]

このように八つ(しきおんじゅおんそうおんぎょうおんの有と無)のの結論を出し、

如是循環,窮盡陰、界八俱非相;[SG1001136]

誰に対しても、『には有でも無でもない』と説く。

隨得一緣,皆言死後有相無相。[SG1001137]

さらに誤った悟りを得て、『世間のすべても有でも無でもない』と言い張り、じつの理としんじちの理とを混同する。

又計諸行性遷訛故,心發通悟,有無俱非,虛實失措,[SG1001138]


これらの『』の論を信じ込み、修行者はの情況を知らず、堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度死後俱非。後際昏瞢無可道故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001139]

このような者は第八種のどうであり、おんの観察から『』というてんとうした論を立てる者である。

是則名為第八外道立五陰中死後俱非心顛倒論。[SG1001140]




    九、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001141]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、そのしょうめつの現象から結論を引き出してしまう。

窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於後後無生計度者,[SG1001142]

その結果、修行者は『しちだんめつ』の論におちいる。

是人墜入七斷滅論:[SG1001143]


あるいは身体が滅し、

或計身滅,[SG1001144]

あるいは欲望が尽き、

或欲盡滅,[SG1001145]

あるいは苦しみが尽き、

或苦盡滅,[SG1001146]

あるいは喜びが尽き、

或極樂滅,[SG1001147]

あるいはしゃしんが尽き、

或極捨滅。[SG1001148]

これらがしょうめつして二度と生じないことから『だんめつ』の結論に至る。

如是循環窮盡七際,現前銷滅,滅已無復,由此計度死後斷滅。[SG1001149]


修行者は堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

墮落外道,惑菩提性。[SG1001150]

このような者は第九種のどうおんの観察から『だんめつ』というてんとうした論を立てる者である。

是則名為第九外道立五陰中死後斷滅心顛倒論。[SG1001151]




    十、

また、修行者はさんの中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。

又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001152]

修行者はしゅじょうの由来を深く究め、

窮生類本,[SG1001153]

この幽かで、揺らめいているこんげんを観察し、その再生の現象から結論を引き出してしまう。

觀彼幽清常擾動元,於後後有生計度者,[SG1001154]

その結果、修行者は五種の『はんろん おちいる。

是人墜入五涅槃論:[SG1001155]


あるいはよくかい天を見てそのえんみょうきょうに憧れるゆえ、よくかい天をはんきょうと思い込む。

或以欲界為正轉依,觀見圓明生愛慕故;[SG1001156]

あるいはしょぜんてんには憂いがないゆえ、そこをはんきょうと思い込む。

或以初禪,性無憂故;[SG1001157]

あるいはぜんてんには苦悩がないゆえ、そこをはんきょうと思い込む。

或以二禪,心無苦故;[SG1001158]

あるいはさんぜんてんには喜びが満ちるゆえ、そこをはんきょうと思い込む。

或以三禪,極悅隨故;[SG1001159]

あるいはぜんてんにはらくがなく、二度とりんに落ち入らないゆえ、そこをはんきょうと思い込む。

或以四禪,苦樂二亡不受輪迴生滅性故。[SG1001160]


修行者はこれら五つの安穏なるの天界に迷い、そこをしょうじょうの究極の落ち着き先と思い込み、

迷有漏天,作無為解,五處安隱為勝淨依,如是循環,五處究竟[SG1001161]

五種の『はんろん おちいり、堕落してどうとなり、だいの性が遮られる。

由此計度五現涅槃,墮落外道,惑菩提性。[SG1001162]

このような者は第十種のどうであり、おんの観察から五種の『はんろん というてんとうした論を立てる者である。

是則名為第十外道立五陰中五現涅槃心顛倒論。[SG1001163]



アーナンダよ! 以上の十種のぜんの中で得た狂った見解は、すべてぎょうおんを突破しようとする際に起こる誤った悟りである。

阿難! 如是十種禪那狂解,皆是行陰用心交互,故現斯悟。[SG1001164]

修行者はがんめいで、身の程をわきまえず、これらのきょうそうぐうする時、迷いを悟りと取り違え、

眾生頑迷,不自忖量,逢此現前,以迷為解,[SG1001165]

自分がすでに聖者のきょうに達したと公言し、大もうを犯し、にはけん地獄に落ち入る。

自言登聖,大妄語成,墮無間獄。[SG1001166]

にょらいにゅうめつした後、お前たちは必ずこの教えをまっぽうの世のしゅじょうに広く伝え、皆に理解させ、

汝等必須將如來語,於我滅後傳示末法,遍令眾生覺了斯義。[SG1001167]

しゅじょうしゅし、内心に潜む悪魔に従って深い罪業を作ることのないように導き、

無令心魔自起深孽,保持覆護,[SG1001168]

じゃけんを除き、真理を示し、しゅじょうじょうの道から脇道に逸れさせてはならず、

消息邪見,教其身心,開覺真義,於無上道不遭枝岐。[SG1001169]

わずかな悟りに満足することをさせず、大覚の王というしょうじょうな模範となれ。

勿令心祈得少為足,作大覺王清淨標指。[SG1001170]



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