【楞厳経】巻五
七、眼根
アニルッダ尊者が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
阿那律陀即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0503001]
「私が出家した初期、常に寝坊したため、世尊様から、『後の世に畜生道に堕ちるであろう』と責められました。
「我初出家常樂睡眠,如來訶我為畜生類。[SG0503002]
世尊様のご叱責を聞き、私は深く恥じて泣き、七日間眠らなかったので失明したのです。
我聞佛訶,啼泣自責,七日不眠,失其雙目。[SG0503003]
そこで、世尊様は私に『楽見照明金剛三昧』を授けてくださいました。
世尊示我樂見照明金剛三昧,[SG0503004]
その三昧を習得いたした私は、目によって見るのではなく、心の目は清明で、周遍で、手にする菴摩勒果を見るかの如し。
我不因眼觀見十方,精真洞然如觀掌果,[SG0503005]
世尊様は、私が阿羅漢の境地に達したことを認証してくださいました。
如來印我成阿羅漢。[SG0503006]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0503007]
私の修行によれば、逆に見て見の起源である真心を認識します。これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
如我所證,旋見循元,斯為第一!」[SG0503008]
八、鼻根
シュリハンドク(周利槃特)尊者が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
周利槃特迦即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0503009]
「私は記憶力が悪く、仏法を覚えることができかねます。
「我闕誦持,無多聞性,[SG0503010]
出家した初期、世尊様が授けてくださった一句の伽陀(韻文)さえ、百日かけても、前半を覚えれば後半を失念し、後半を覚えれば前半を失念したありさまでした。
最初值佛聞法出家,憶持如來一句伽陀,於一百日得前遺後,得後遺前。[SG0503011]
世尊様は私の不器用を憐れみ、息の修行を教えてくださいました。
佛愍我愚,教我安居調出入息。[SG0503012]
私は息の観察に専念し、そして、息の生・住・異・滅・往来・強弱など、すべての微細な変化を究めた時、
我時觀息,微細窮盡,生、住、異、滅,諸行剎那,[SG0503013]
心は急に大無碍(妨げのないこと)の境地に達し、煩悩が尽き、私は阿羅漢の境地に達しました。
其心豁然得大無礙,乃至漏盡,成阿羅漢,[SG0503014]
世尊様は、私が無学の境地に達したことを認証してくださいました。
住佛座下印成無學。[SG0503015]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0503016]
私の修行によれば、逆に息の起源を追跡し、その空の起源を認識します。これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
如我所證,返息循空,斯為第一!」[SG0503017]
九、舌根
キョウボンハダイ(驕梵鉢提)尊者が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
驕梵鉢提即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0503018]
「過去の劫、私は沙門を嘲笑したので、世々、牛呞病(牛のようにいつも口をもぐもぐしている病)の報いを受け続けてきました。
「我有口業,於過去劫輕弄沙門,世世生生有牛呞病。[SG0503019]
世尊様は『一味清浄心地』の法門を授けてくださり、その法門によって私は心を滅して三摩地に入りました。
如來示我一味清淨心地法門,我得滅心入三摩地,[SG0503020]
味覚という感覚は舌からも食物からも生じるものではないと悟りました。
觀味之知非體非物,[SG0503021]
私は、瞬間に世間の煩悩を断ち切り、身心の束縛から解放され、外界を忘れ、まるで鳥がかごから逃げたように三界を脱しました。
應念得超世間諸漏。內脫身心,外遺世界,遠離三有,如鳥出籠;[SG0503022]
塵垢を離れ、清浄な法眼を獲得し、私は阿羅漢の境地に達しました。
離垢銷塵,法眼清淨,成阿羅漢,[SG0503023]
世尊様は、私が無学の境地に達したことを認証してくださいました。
如來親印登無學道。[SG0503024]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0503025]
私の修行によれば、逆に味覚の起源をたどってその起源である真心を認識します。これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
如我所證,還味旋知,斯為第一!」[SG0503026]
十、身根
ピリンダ・ヴァッチャ(畢陵伽婆蹉)尊者が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
畢陵伽婆蹉即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0503027]
「私が発心して世尊様のもとで修行を始めた頃、よく世尊様から世の中の苦しみについて拝聴しました。
「我初發心從佛入道,數聞如來說諸世間不可樂事。[SG0503028]
ある日、私が町で托鉢しながらその教えを思索していた時、うっかりして足が毒のある刺に刺さりました。
乞食城中,心思法門,不覺路中毒刺傷足,[SG0503029]
全身に激痛が走ったその時、私はこう気づきました。
舉身疼痛。[SG0503030]
『身体は痛むが、その痛みを知る清浄な知覚の心には痛みがない。
我念有知,知此深痛,雖覺覺痛,覺清淨心無痛痛覺。[SG0503031]
もしかして一つの身体に二つの知覚の主体があるのだろうか?』
我又思惟:『如是一身寧有雙覺?」[SG0503032]
このように観察し、身心は忽然と空となり、三七日(二十一日)の間に煩悩は尽き、私は阿羅漢の境地に達しました。
攝念未久,身心忽空;三七日中諸漏虛盡,成阿羅漢,[SG0503033]
世尊様は、私が無学の境地に達したことを認証してくださいました。
得親印記,發明無學。[SG0503034]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0503035]
私の修行によれば、逆に無痛の起源をたどって身体の存在を忘れました。これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
如我所證,純覺遺身,斯為第一!」[SG0503036]
十一、意根
スブーティ尊者が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
須菩提即從座起,頂禮佛足而白佛言;[SG0503037]
「私は多くの劫の前から心がすでに無碍の境地に達しました。
「我曠劫來心得無礙,[SG0503038]
生まれ変わった回数は恒河沙数の如く数え切れず、そのすべてを覚えております。
自憶受生如恒河沙。[SG0503039]
魂が母胎に宿ったその時から、すでに空の理を悟り、万事万物が空であると承知しております。
初在母胎即知空寂,如是乃至十方成空,[SG0503040]
また、衆生に空の理を悟らせることができます。
亦令眾生證得空性。[SG0503041]
幸いにも、世尊様は『覚性こそが真の空である』と教え諭してくださいました。
蒙如來發性覺真空,[SG0503042]
これを悟って、内在する円明な空の性が現れ、私は阿羅漢の境地に達し、瞬間に如来様のお悟りになった空の知見に入りました。
空性圓明得阿羅漢,頓入如來寶明空海,同佛知見,[SG0503043]
世尊様は、私が無学の境地に達したことを認証してくださり、空性の理解において、私の右に出る弟子はいないと称賛してくださいました。
印成無學,解脫性空我為無上。[SG0503044]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0503045]
私の修行によれば、すべての相が空であることを悟り、そしてその空の観念さえも滅却し、法塵のない覚性に戻ります。これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
如我所證,諸相入非,非所非盡,旋法歸無,斯為第一!」[SG0503046]
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