【楞厳経】巻四
如来蔵性
お釈迦様:
[SG0402001]
「プールナよ! お前はまたこうも問うた、
富樓那! 又汝問言:[SG0402002]
『地・水・火・風の性が円融で、法界に遍満するならば、どうして水・火の性が互いに打ち消し合うことはないのか?
『地、水、火、風本性圓融周遍法界,疑水、火性不相𣣋滅? [SG0402003]
また虚空と大地の性が法界に遍満するならば、両者の性質は共存しえないはずだ』と。
又徵虛空及諸大地俱遍法界,不合相容。」[SG0402004]
プールナよ! 虚空の性は他の性と異なるが、他の性を妨げていないのだ。なぜかというと、この広大な虚空は、
富樓那! 譬如虛空體非群相,而不拒彼諸相發揮。所以者何? 富樓那! 彼太虛空,[SG0402005]
日が照れば明るくなり、
日照則明,[SG0402006]
雲が集まれば暗くなり、
雲屯則暗,[SG0402007]
風が吹けば流動が起こり、
風搖則動,[SG0402008]
雨が上がれば澄み、
霽澄則清,[SG0402009]
空気が沈滞すれば濁り、
氣凝則濁,[SG0402010]
砂塵が舞えば曇り、
土積成霾,[SG0402011]
水が澄めば景がはっきりと映る。
水澄成映。[SG0402012]
どう思うのか? 種々の有為の相は日や雲などから生起するものか、それとも虚空から生起するものか?
於意云何? 如是殊方諸有為相,為因彼生? 為復空有? [SG0402013]
プールナよ! もし日から生起するものであれば、日が照る時、十方の世界はすべて日の色になり、なぜ空に円い太陽が見えるのか?
若彼所生,富樓那! 且日照時既是日明,十方世界同為日色,云何空中更見圓日? [SG0402014]
もし明かりが虚空から生起するものであれば、虚空は自ら輝くはずだ。なぜ夜や曇天の時に輝かないのか?
若是空明,空應自照,云何中宵雲霧之時,不生光耀? [SG0402015]
聴きなさい、明かりは太陽・虚空から生起するものでもなく、太陽・虚空と無関係でもない。
當知是明,非日、非空,不異空、日。[SG0402016]
種々の相は本来虚妄であり、根源がない。
觀相元妄,無可指陳,[SG0402017]
虚空に現れる幻の花が結実するのを期待するように、なぜ相に惑わされ、打ち消し合うことを問うのか?
猶邀空花結為空菓,云何詰其相𣣋滅義? [SG0402018]
覚性は本来真実であり、すべてはただこの妙明な本覚の心である。
觀性元真,唯妙覺明,[SG0402019]
この妙明な本覚の心は水や火などではない。なぜ共存のことを問うのか?
妙覺明心先非水、火;云何復問不相容者! [SG0402020]
妙明な覚性も同様だ。
真妙覺明,亦復如是。[SG0402021]
虚空の性が明らかになれば虚空は現れ、
汝以空明則有空現,[SG0402022]
地・水・火・風各々の性が明らかになれば、各々は現れる。
地、水、火、風各各發明,則各各現;[SG0402023]
もし種々の性が同時に明らかになれば、種々のものは同時に現れる。
若俱發明,則有俱現。[SG0402024]
なぜ同時に現れることができるのか? プールナよ!
云何俱現? 富樓那! [SG0402025]
たとえば、一つの日の影が水に映る。二人が同じ水に映るその影を見ながら、一人は東へ、もう一人は西へ歩く。
如一水中現於日影,兩人同觀水中之日,東西各行,[SG0402026]
すると、影もまた各々に従って移動するように見え、一つは東へ、一つは西へ。
則各有日隨二人去;一東一西,[SG0402027]
しかし、本当にその一つの日の影は同時に東と西の方角へ移動するのか? このように言うべきではない、
先無准的。不應難言:[SG0402028]
『日の影は一つなのに、なぜ同時に二つの方角へ移動することができるのか?
『此日是一,云何各行? [SG0402029]
もし二つの日の影があるなら、なぜ一つしか見えないのか?』
各日既雙,云何現一?』[SG0402030]
聴きなさい。日の影は本来虚妄であり、その移動には初めから根拠がないのだ。
宛轉虛妄,無可憑據。[SG0402031]
プールナよ! お前は如来蔵の中に現れる色や虚空の相に惑わされるゆえ、色と虚空が互いに侵し合うことがあると思う。
富樓那! 汝以色空相傾相奪於如來藏,[SG0402032]
如来蔵は法界に遍満し、色や虚空はその中に現れることができ、
而如來藏隨為色空,周遍法界,[SG0402033]
動く風・澄んだ空・明るい日・暗い雲なども現れることができる。
是故於中風動、空澄、日明、雲暗。[SG0402034]
衆生は正覚の本性に背き、塵境に惑わされてさまざまな虚妄を生じる。それゆえ、世界は出現した。
眾生迷悶背覺合塵,故發塵勞有世間相。[SG0402035]
しかし、私は不生不滅の妙明な本性に従い、如来蔵の性に合う。
我以妙明不滅不生合如來藏,[SG0402036]
如来蔵は純粋の妙明な覚性であり、法界に遍満する。
而如來藏唯妙覺明,圓照法界,[SG0402037]
ゆえに、私は一となることも、無量となることもでき、小によって大を現し、大によって小を現すことができる。
是故於中一為無量、無量為一,小中現大、大中現小,[SG0402038]
この不動の法身は十方の世界に遍在し、果てしない虚空を内蔵している。
不動道場遍十方界,身含十方無盡虛空,[SG0402039]
私は毛の先に如来の浄土を現すことができ、微塵に座して法輪を転じることもできる。
於一毛端現寶王剎,坐微塵裏轉大法輪。[SG0402040]
塵境に惑わされず、正覚の本性に合うゆえに、真如の妙明な覚性がいつも現れている。
滅塵合覺,故發真如妙覺明性。[SG0402041]
この如来蔵は本来円満で、妙明な真心であり、
而如來藏本妙圓心,[SG0402042]
心(意識の活動)ではなく、虚空ではなく、
非心、非空,[SG0402043]
地・水・風・火の四大要素ではなく、
非地、非水、非風、非火;[SG0402044]
眼・耳・鼻・舌・身・意の六根ではなく、
非眼、非耳、鼻、舌、身、意,[SG0402045]
色・声・香・味・触・法の六塵ではなく、
非色、非聲、香、味、觸、法;[SG0402046]
眼識界・耳識界・鼻識界・舌識界・身識界・意識界の六識ではなく、
非眼識界、如是乃至非意識界;[SG0402047]
十二因縁ではなく、十二因縁の尽きではなく、
非明、無明、明、無明盡,如是乃至非老、非死、非老死盡;[SG0402048]
苦・集・滅・道の四聖諦ではなく、
非苦、非集、非滅、非道;[SG0402049]
智慧ではなく、得ることではなく、
非智、非得;[SG0402050]
布施・持戒・精進・忍辱・禅定・智慧の六波羅蜜ではなく、
非檀那、非尸羅、非毘梨耶、非羼提、非禪那、非鉢剌若、非波羅蜜多;[SG0402051]
如来ではなく、応供(如来の十号の一つ)ではなく、正遍知(如来の十号の一つ)ではなく、大涅槃ではなく、
如是乃至非怛闥阿竭,非阿羅訶、三耶三菩;非大涅槃,[SG0402052]
俗世間の法ではなく、常・楽・我・浄という出世間(俗世間から脱した超然の境界)の法ではない。
非常、非樂、非我、非淨,以是俱非世出世故。[SG0402053]
しかし、この如来蔵の真心は本来不思議であり、
即如來藏元明心妙,[SG0402054]
心であり、虚空であり、
即心、即空、[SG0402055]
地・水・風・火の四大要素であり、
即地、即水、即風、即火;[SG0402056]
眼・耳・鼻・舌・身・意の六根であり、
即眼、即耳、鼻、舌、身、意、[SG0402057]
色・声・香・味・触・法の六塵であり、
即色、即聲、香、味、觸、法;[SG0402058]
眼識界・耳識界・鼻識界・舌識界・身識界・意識界の六識であり、
即眼識界、如是乃至即意識界;[SG0402059]
十二因縁であり、十二因縁の尽きであり、
即明、無明、明、無明盡,如是乃至即老、即死、即老死盡;[SG0402060]
苦・集・滅・道の四聖諦であり、
即苦、即集、即滅、即道;[SG0402061]
智慧であり、得ることであり、
即智、即得;[SG0402062]
布施・持戒・精進・忍辱・禅定・智慧の六波羅蜜であり、
即檀那、即尸羅、即毘梨耶、即羼提、即禪那、即鉢剌若、即波羅蜜多;[SG0402063]
如来であり、応供であり、正遍知であり、大涅槃であり、
如是乃至即怛闥阿竭,即阿羅訶、三耶三菩;即大涅槃,[SG0402064]
俗世間の法であり、常・楽・我・浄という出世間の法である。
即常、即樂、即我、即淨,以是即俱世出世故。[SG0402065]
すなわち、この妙明な如来蔵の心は、是非の概念を離れつつも、同時にこれらを包含している。
即如來藏妙明心元,離即、離非,是即、非即。[SG0402066]
なぜ三界の衆生や、出世間の声聞・縁覚は、自分の限られた智慧で如来の無上の菩提を推し量り、世間の言語で如来の境地を理解しようとするのか?
如何世間三有眾生,及出世間聲聞、緣覺,以所知心測度如來無上菩提! 用世語言入佛知見! [SG0402067]
たとえば、琴・瑟(大型の琴)・箜篌(箏に似た撥弦楽器)・琵琶などは美しい音が出せても、巧みな指先がなければ美しい音楽が出せない。
譬如琴、瑟、箜篌、琵琶,雖有妙音,若無妙指終不能發。[SG0402068]
お前と衆生もまた同様だ。
汝與眾生亦復如是。[SG0402069]
宝覚(覚性の美称)の真心は円満であり、私が印を結べば、直ちに海印三昧に入って万物を心に映し出すことができる。
寶覺真心各各圓滿,如我按指,海印發光;[SG0402070]
しかしお前たちが心を少し動かせば、たちまち妄想を起こす。
汝暫舉心,塵勞先起,[SG0402071]
それは、皆が一生懸命に無上正等覚を求めようとせず、小乗の教えを好み、わずかな悟りに満足してしまうからだ。」
由不勤求無上覺道,愛念小乘,得少為足。」[SG0402072]
Copyright © 2024- 天経閣. All rights reserved.