りょうごんきょう】巻六


ホーム > 楞厳経

 > 巻六

 > 2.文殊菩薩の選評


 もんじゅさつの選評


その時、おシャ様はの座で全身からほうこうを放ちました。その光はじっぽう世界のじんすうにょらいほうおう子及びさつかんじょうしました。

爾時,世尊於師子座,從其五體同放寶光,遠灌十方微塵如來及法王子諸菩薩頂。[SG0602001]

にょらいもまた全身からほうこうを放ち、その光はじんすうの世界からきて、おシャ様と大会に集った大さつカンたちにかんじょうしました。

彼諸如來亦於五體同放寶光,從微塵方來灌佛頂,并灌會中諸大菩薩及阿羅漢。[SG0602002]

林・池・沼はほうおんを奏し、交錯するほうこうが宝の網の如く輝きました。

林木池沼皆演法音,交光相羅,如寶絲網。[SG0602003]

会衆はこのこうけいを目にし、そして『こんごうざんまい』を得ました。

是諸大眾得未曾有,一切普獲金剛三昧。[SG0602004]

その時、空から百種のほうれんが雨のように降り、青・黄・赤・白などのほうれんが空を舞い、じっぽうくうは七宝の色に満ちました。

即時天雨百寶蓮華,青黃赤白間錯紛糅,十方虛空成七寶色。[SG0602005]

急にこのシャ世界の大地・山・河などが同時に隠れてしまい、ただじっぽうじんすうの国土が合して一つの世界となったさまが見え、ぼんばい(梵文の歌唱)の声が響き渡りました。

此娑婆界,大地山河俱時不現,唯見十方微塵國土合成一界,梵唄詠歌自然敷奏。[SG0602006]


そこで、おシャ様はもんじゅさつに言いました。

於是如來告文殊師利法王子:[SG0602007]

「先ほど二十五人のがくの大さつカンはそれぞれ自分の修行を述べ、自分の修めたほうもんこそ真のえんつうほうもんであると言った。

「汝今觀此二十五無學諸大菩薩及阿羅漢,各說最初成道方便,皆言修習真實圓通;[SG0602008]

しかし実際には、彼らの修行に優劣も高低の差もない。

彼等修行,實無優劣、前後差別。[SG0602009]

いま私がアーナンダに悟りを開かせるのに、二十五のほうもんの中で、どれがアーナンダに最も適しているだろうか?

我今欲令阿難開悟,二十五行誰當其根? [SG0602010]

また、私がにゅうめつした後、もししゅじょうじょうの悟りを求め、さつ乗に入ると願うならば、どのほう便べんが最もじょうじゅしやすいであろうか?」

兼我滅後,此界眾生入菩薩乘求無上道,何方便門得易成就?」[SG0602011]


もんじゅさつはおシャ様の深い指示を承り、席から立ち上がり、おシャ様にちょうらいし、そしてにょらいしんの力を仰ぎ、詩をもっておシャ様に答えました。

文殊師利法王子奉佛慈旨,即從座起,頂禮佛足,承佛威神,說偈對佛:[SG0602012]

かくしょうの海はほんらいえんまんで、澄み渡っています。

「覺海性澄圓,圓澄覺元妙;[SG0602013]

このほんらい清明なかくしょうが、にわかにある対象を映そうとした時、たいりつが生じ、清明のほんしょうみょうに覆われてしまいました。

元明照生所,所立照性亡。[SG0602014]

みょうに依ってくうは現れ、

迷妄有虛空,[SG0602015]

くう(空)に依って世界(ゆう は成り立ちました。

依空立世界。[SG0602016]

もうそうが積み重なって国土となり、

想澄成國土,[SG0602017]

かくの働きはしゅじょうとなったのです。

知覺乃眾生。[SG0602018]


この広大なかくしょうの中では、くうは大海に浮かぶ一つの水の泡のようなものにすぎません。

空生大覺中,如海一漚發;[SG0602019]

しゅじょうじんすうの国土も、すべてくうに依って存在します。

有漏微塵國,皆從空所生。[SG0602020]

しかし、くう自体が消えた水の泡のようにほんらい無であり、ましてや世界や国土やしゅじょうが、どうして実在すると言えるのでしょうか?

漚滅空本無,況復諸三有? [SG0602021]

かくしょうほんらい一つであり、そのしんせいに立ち戻るためのほう便べんほうもんは多くあります。

歸元性無二,方便有多門。[SG0602022]

聖道はどこにも通じ、順といわず、逆といわず、どれも成道の手段です。

聖性無不通,順逆皆方便;[SG0602023]

ただし、初ほっしん者がざんまいに入ることには、遅速の差があります。

初心入三昧,遲速不同倫:[SG0602024]



    二十五えんつう


色はもうそうけつごうによって現れる塵相です。どのように解析しても、色からしんせいきわめることは難しいです。どうして初ほっしん者はこのしんせいを遮るものによってえんつうきょうに達することができましょうか?

色想結成塵,精了不能徹,如何不明徹,於是獲圓通? [SG0602025]

音声の組み合わせは言語となり、字や句に依って意味を表します。しかし、一字や一句でいっさいの理を尽くすことはできません。どうして初ほっしん者は音声によってえんつうきょうに達することができましょうか?

音聲雜語言,但伊名句味,一非含一切,云何獲圓通? [SG0602026]

こうじんこんに触れた時のみ、こうじんを感知できます。はな ればこうじんは無に等しいです。その感知はこうじょうではなく、どうして初ほっしん者はこうじんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

香以合中知,離則元無有,不恒其所覺,云何獲圓通? [SG0602027]

味の性は単独で存在するものではなく、ぜっこんに触れた時のみ現れます。かくがいつも起こるものではなく、どうして初ほっしん者はじんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

味性非本然,要以味時有,其覺不恒一,云何獲圓通? [SG0602028]

しょくじんしんこんに触れた時のみ、しょくじんを感知できます。はな ればしょくじんを感じません。ごうじょうたいへんではなく、どうして初ほっしん者はしょくじんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

觸以所觸明,無所不明觸,合離性非定,云何獲圓通? [SG0602029]

ほうじんないじん(内在する塵境)と称され、必ず外塵に依って現れます。ほうじんは常に現れるものではなく、どうして初ほっしん者はほうじんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

法稱為內塵:憑塵必有所,能所非遍涉,云何獲圓通? [SG0602030]


かくは前方のみはっきりと見え、後方がまったく見えません。四方に半分が欠け、どうして初ほっしん者はげんこんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

見性雖洞然,明前不明後,四維虧一半,云何獲圓通? [SG0602031]

息の出入りは通じていますが、交替の間には中断があります。息はだんぞく的に出入りし、どうして初ほっしん者は息によってえんつうきょうに達することができましょうか?

鼻息出入通,現前無交氣,支離匪涉入,云何獲圓通? [SG0602032]

ぜっこんは単独でかくを起こすことができず、じんに触れた時のみかくを起こします。接触しなければ味を感じません。どうして初ほっしん者はぜっこんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

舌非入無端,因味生覺了,味亡了無有,云何獲圓通? [SG0602033]

しんこんほんしつしょくじんと同じく、両者の接触はこうじょうではありません。はな ればしょっかくはなく、どうして初ほっしん者はしんこんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

身與所觸同,各非圓覺觀,涯量不冥會,云何獲圓通? [SG0602034]

こんは常に雑念を起こし、そこからしんせいを見ることはできません。雑念を取り去ることは難しく、どうして初ほっしん者はこんによってえんつうきょうに達することができましょうか?

知根雜亂思,湛了終無見,想念不可脫,云何獲圓通? [SG0602035]


がんしきげんこんしきじんの接触によって生起します。しかし、そのこんげんげんこんでもしきじんでもなく、ほんらいきょぼうです。がんしきの存在を確定できず、どうして初ほっしん者はがんしきによってえんつうきょうに達することができましょうか?

識見雜三和,詰本稱非相,自體先無定,云何獲圓通? [SG0602036]

心を通じてじっぽうの世界の音声を聞くことは、極大などくの力に依るものです。初ほっしん者はその力を持っておらず、どのようにしきによってえんつうきょうに達することができましょうか?

心聞洞十方,生于大因力,初心不能入,云何獲圓通? [SG0602037]

息をかんそうする修行は、心を静めるためのほう便べんの法にすぎません。心がかんそうもうそう)にとどまる限り、どのようにえんつうきょうに達することができましょうか?

鼻想本權機,秖令攝心住,住成心所住,云何獲圓通? [SG0602038]

説法は音声や文字を巧みに操るものです。多くの劫の修行がなければ説法によって悟りを開くことができません。字や句はの法ではなく、どうして初ほっしん者は説法によってえんつうきょうに達することができましょうか?

說法弄音文,開悟先成者,名句非無漏,云何獲圓通? [SG0602039]

かいりつはただ身を律するためのものであり、身以外のものを律することができません。かいりつがすべてに遍く及ぶものではないのに、どうして初ほっしん者はかいりつによってえんつうきょうに達することができましょうか?

持犯但束身,非身無所束,元非遍一切,云何獲圓通? [SG0602040]

じんつうの力は多くの世の修行より得たものであり、しきの修行に関わりません。しきは塵境をはな ることができず、どうして初ほっしん者はしきによってえんつうきょうに達することができましょうか?

神通本宿因,何關法分別,念緣非離物,云何獲圓通? [SG0602041]


だいの性質はけんで、しょうがいの性であり、透過する性質ではありません。の法(ぜんぎょう)はだつの道ではなく、どうして初ほっしん者はだいによってえんつうきょうに達することができましょうか?

若以地性觀,堅礙非通達,有為非聖性,云何獲圓通? [SG0602042]

水の性のかんそうにおいて、そもそも想念はしんじちではありません。しんにょの性はかんそうできるものではなく、どうして初ほっしん者はすいだいかんそうによってえんつうきょうに達することができましょうか?

若以水性觀,想念非真實,如如非覺觀,云何獲圓通? [SG0602043]

火の性のかんそうにおいて、じょうよくを厭うことは、真にじょうよくを断ち切ったということではありません。これは初ほっしん者に適するほうもんではなく、どうしてだいかんそうによってえんつうきょうに達することができましょうか?

若以火性觀,厭有非真離,非初心方便,云何獲圓通? [SG0602044]

風の性のかんそうにおいて、風には動と静のたいりつがあります。たいりつの性はしんせいではなく、どうして初ほっしん者はふうだいかんそうによってえんつうきょうに達することができましょうか?

若以風性觀,動寂非無對,對非無上覺,云何獲圓通? [SG0602045]

くうの性は陰気で沈滞し、かくしょうの清明の性と相容れません。かくしょうが現れないのに、どうして初ほっしん者はくうだいの観察によってえんつうきょうに達することができましょうか?

若以空性觀。昏鈍先非覺,無覺異菩提,云何獲圓通? [SG0602046]

識の観察において、識はじょうじゅうではなく、そのほんしつほんらいきょぼうです。どうして初ほっしん者はしきだいの観察によってえんつうきょうに達することができましょうか?

若以識性觀,觀識非常住,存心乃虛妄,云何獲圓通? [SG0602047]

あらゆる行いはじょうであり、念も常にしょうめつしています。の性はしんせいと相反するものであり、どうして初ほっしん者はねんぶつによってえんつうきょうに達することができましょうか?

諸行是無常,念性元生滅,因果今殊感,云何獲圓通? [SG0602048]



いま、私はそん様のご質問にお答えいたします。

我今白世尊:[SG0602049]

そん様がいらっしゃるこのシャ世界において、真正のしょうじょうほうもんは『こんえんつう』のほうもんです。

佛出娑婆界,此方真教體,清淨在音聞;[SG0602050]

さんじょうじゅしたいなら、ちょうかくによってさんに入るのが最もてきせつな道であります。

欲取三摩提,實以聞中入。[SG0602051]

よくしゅじょうを苦難から救い出し、なんと偉大なさつでしょう、かんおんさつよ。

離苦得解脫,良哉觀世音! [SG0602052]

ざいしんりきを持ち、ごうしゃ数の劫の間、じんすうの仏土に入り、しゅじょうを施してきました。

於恒沙劫中,入微塵佛國,得大自在力,無畏施眾生。[SG0602053]

よくしゅじょうの声を聞き付け、潮の如く時機を失わずにしゅじょうを救い、妙なるぼんおんをもってしゅじょうを仏道に導きます。

妙音、觀世音、梵音、海潮音,救世悉安寧,出世獲常住。[SG0602054]


いま、私はそん様に申し述べます。かんおんさつのお言葉のとおり、『こんえんつう』は最もすぐれたえんつうほうもんです。

我今啟如來,如觀音所說。[SG0602055]

たとえば、じっぽうで同時に太鼓を打てば、じょうしちにいてじっぽうの音を一度に聞き分けることができます。これこそが真正の『円』の特質です。

譬如人靜居,十方俱擊鼓,十處一時聞,此則圓真實。[SG0602056]

げんこんしょうがい物に遮られ、ぜっこんこんも同じです。

目非觀障外,口、鼻亦復然。[SG0602057]

接触しなければ、しんこんは対象を感知できず、こんは乱れて雑念に満ちています。

身以合方知,心念紛無緒;[SG0602058]

しかしこんは、壁に隔てられた声も聞こえ、遠くの声も近くの声も聞くことができます。これは他のこんができないことです。これこそが真正の『通』の特質です。

隔垣聽音響,遐邇俱可聞;五根所不齊,是則通真實。[SG0602059]


音声には動・静の相がありますが、ちょうかくは常に働いています。

音聲性動靜,聞中為有無;[SG0602060]

声がないことを『聞くことはない』と言いますが、これはちょうかくが消失したのではありません。

無聲號無聞,非實聞無性。[SG0602061]

声がなくなってもちょうかくは消失せず、声に従って起こるものではありません。

聲無既無滅,聲有亦非生;[SG0602062]

しょうめつの現象をはな た、これこそが真正の『常』の特質です。

生滅二圓離,是則常真實。[SG0602063]

眠りの中でも夢の中でも、ちょうかくが働かないことはありません。ちょうかくの働きは心の動きを超え、他のこんの及ぶところではありません。

縱令在夢想,不為不思無,覺觀出思惟,身心不能及。[SG0602064]


このシャ世界の人々は音声によって交流し、聴のしんせいを忘れてしょうじんを追うゆえ、りんを絶えず続けています。

今此娑婆國,聲論得宣明,眾生迷本聞,循聲故流轉。[SG0602065]

たとえ記憶力にすぐれたアーナンダであっても、誤ったかんねんおちいることを免れられません。

阿難縱強記,不免落邪思,[SG0602066]

これはしんせいを忘れ、外塵に従うからです。

豈非隨所淪,旋流獲無妄? [SG0602067]

アーナンダよ。よく聞きなさい。いま私はにょらい様のしんの力を拝借し、『こんごうおうにょげんぶつしんざんまい』を広く説きましょう。

阿難汝諦聽:我承佛威力,宣說金剛王、如幻不思議、佛母真三昧。[SG0602068]

お前はたとえじんすうの諸にょらい様からあらゆる秘密のほうもんを聞き知ったとしても、欲望のぼんのうがまだ残っている限り、その知識はかえって心を乱すものとなります。

汝聞微塵佛,一切祕密門,欲漏不先除,畜聞成過誤。[SG0602069]

にょらい様から伝授された仏法をすべてしっかり覚えているくらいなら、なぜ自分のしんせいに聞き入ろうとしないのですか?

將聞持佛佛,何不自聞聞? [SG0602070]


ちょうかくほんらいあるものではなく、声があるゆえに仮に名づけられたものです。

聞非自然生,因聲有名字。[SG0602071]

しょうじんからはな て自分のしんせいを聞くことができれば、根と塵に名を付ける必要があるでしょうか?

旋聞與聲脫,能脫欲誰名? [SG0602072]

一つの根が本源に戻れば、ろっこんは同時に解放されます。

一根既返源,六根成解脫。[SG0602073]

その時、六感は幻影のようなものであり、三界はくうに現れるの砂嵐ようなものにすぎないと分かっています。

見聞如幻翳,三界若空花。[SG0602074]

聴のしんせいが現れ、きょぼうろっこんは消失し、外塵は消え去り、かくしょうほんらいの円浄(えんまんしょうじょう)のじょうたいに立ち戻ります。

聞復翳根除,塵銷覺圓淨;[SG0602075]

しょうじょうが極致に達すれば、こうみょうは現れ、せいじゃくじっぽうくうを照らします。

淨極光通達,寂照含虛空。[SG0602076]

その時、世間を顧みれば、すべては夢の中の出来事のように見えるのです。

却來觀世間,猶如夢中事。[SG0602077]

マータン女もまた夢の中に出現する人のようなものであり、お前の身をそくばくできる人はいるのでしょうか?

摩登伽在夢,誰能留汝形? [SG0602078]


世間の傀儡師が男・女の人形を操る時、人形が生きているように見えますが、実際は各部位が同じ機関によって動かされています。

如世巧幻師,幻作諸男女,雖見諸根動,要以一機抽。[SG0602079]

操る手がとまれば、人形は動かず、その生命はほんらいじつです。

息機歸寂然,諸幻成無性。[SG0602080]

ろっこんも同様です。ほんらい同一のかくしょうが六つの作用に分かれているだけなのです。

六根亦如是,元依一精明,分成六和合,[SG0602081]

一つの根の働きをとめれば、ろっこんは同時に解放されます。

一處成休復,六用皆不成。[SG0602082]

このように一念を起こして塵境を滅し、みょうめい・円浄のほんしょうに戻ります。

塵垢應念銷,成圓明淨妙,[SG0602083]

塵境の相に惑わされる者は『がく』と呼ばれ、

餘塵尚諸學,[SG0602084]

心がこうみょうの極致に達した者は『にょらい』と称されます。

明極即如來。[SG0602085]


皆さん! そしてアーナンダよ! 逆にたどって自分のしんせいに聞き入り、じょうの道をじょうじゅしなさい。『こんえんつう』のほうもんは、まさにこれです。

大眾及阿難! 旋汝倒聞機,反聞聞自性,性成無上道,圓通實如是。[SG0602086]

これはじんすうにょらい様がはんにお至りになった道です。

此是微塵佛,一路涅槃門。[SG0602087]

過去の諸にょらい様はこのほうもんによってごじょうじゅになり、現世のさつたちもこのほうもんによってえんみょうきょうに達しました。

過去諸如來,斯門已成就;現在諸菩薩,今各入圓明;[SG0602088]

未来の修行者たちはこのほうもんに依るべきです。

未來修學人,當依如是法。[SG0602089]

かんおんさつだけではなく、私自身もこのほうもんによって塵境から解放されました。

我亦從中證,非唯觀世音。[SG0602090]


まことにそん様に深く感謝申し上げます。まっぽうの世のしゅじょうを救うために、種々のほうもんをお尋ねになったことに。

誠如佛世尊,詢我諸方便,以救諸末劫。[SG0602091]

仏道を求める者がはんの心をじょうじゅしたいなら、かんおんさつほうもんは最もすぐれています。

求出世間人,成就涅槃心,觀世音為最。[SG0602092]

他のほうもんにょらいしんの力に依るものです。特別な場合に依って悟りを開き、それらの場合が常に出現するのではなく、

自餘諸方便,皆是佛威神。即事捨塵勞,非是長修學,[SG0602093]

が浅い者にとっても、が深い者にとっても、それはじょうじゅしやすいほうもんではありません。

淺深同說法。[SG0602094]


にょらい様にちょうらいします。未来のしゅじょうがこのほうもんを正しく理解できるように、どうかごをお与えください。

頂禮如來藏,無漏不思議,願加被未來,於此門無惑,[SG0602095]

こんえんつうほうもんは便利で、じょうじゅしやすく、アーナンダとまっぽうの世のしゅじょうはこのほうもんに依ってじょうじゅすることができます。

方便易成就。堪以教阿難,及末劫沈淪,但以此根修,[SG0602096]

それは他のほうもんよりすぐれ、しんじちの心を修める道はまさにこのほうもんなのです。」

圓通超餘者,真實心如是。」[SG0602097]



その時、アーナンダと会衆はわくが晴れ、大いにけいほつされました。

於是阿難及諸大眾,身心了然,得大開示,[SG0602098]

にょらいの覚悟と大はんへの道筋は、遠い旅から帰れなかった者が、家への帰り道をはっきりと知っているようでした。

觀佛菩提及大涅槃;猶如有人,因事遠遊未得歸還,明了其家所歸道路。[SG0602099]

大会に集った会衆・てんりゅうはちがくじょうしょうもんじょうえんがくじょう)、そしてすべての新米のさつたち——その数は十ごうしゃ数にも及び、

普會大眾,天龍八部、有學二乘、及諸一切新發心菩薩,其數凡有十恒河沙,[SG0602100]

皆は本心に立ち返り、じんこうはな しょうじょうほうげんを得ました。

皆得本心,遠塵離垢,獲法眼淨。[SG0602101]

しょうマータン女)はもんじゅさつの詩を聴いてカンきょうに達しました。

性比丘尼聞說偈已,成阿羅漢。[SG0602102]

りょうしゅじょうは皆とう等(同等)ののくさんみゃくさんだいしん(心のしんせい)を発しました。

無量眾生,皆發無等等阿耨多羅三藐三菩提心。[SG0602103]



Copyright © 2024- 天経閣. All rights reserved.

Scroll to Top