【楞厳経】巻十
行陰の十種の魔境
お釈迦様:
[SG1001001]
「アーナンダよ! 修行者が三摩地を修め、想陰が尽き果てた時、日常に起こる妄想と夢は永く絶え、
阿難! 彼善男子修三摩提想陰盡者,是人平常夢想銷滅,[SG1001002]
覚醒時も睡眠時も、心は落ち着き、晴れ渡る空のように常に清明で、前塵の粗く重い雑念は二度と起こらない。
寤寐恒一,覺明虛靜猶如晴空,無復麁重前塵影事,[SG1001003]
世間の山川や大地を見る時、それはさながら鏡に映るが如し。
觀諸世間大地山河,如鏡鑑明,[SG1001004]
対象が来ても去っても、心は執著せず、跡を残さない。
來無所粘,過無蹤跡。[SG1001005]
六根の習性は尽き果て、ただ唯一の真心のみが残り、あらゆる感覚は真心の中に現れる幻影にすぎないと知る。
虛受照應,了罔陳習,唯一精真;[SG1001006]
ここに至り、生死の根本である行陰が初めてはっきりと現れる。
生滅根元,從此披露。[SG1001007]
修行者は、十方の十二類の衆生が行陰の働きに駆られて業を作り、生死を招くことを洞察したが、なおそれぞれの命の由来を見極めることはできない。
見諸十方十二眾生,畢殫其類。雖未通其各命由緒,[SG1001008]
この行陰は六根の最終の中枢であり、野にゆらゆらと立つ陽炎のように清らかに揺らめいている。
見同生基,猶如野馬熠熠清擾,為浮根塵究竟樞穴;[SG1001009]
この境地は『行陰区宇』と呼ばれる。
此則名為行陰區宇。[SG1001010]
波が静まるように、この揺らめく行陰が本来の平静の真性に立ち戻り、
若此清擾熠熠元性,性入元澄,一澄元習,如波瀾滅化為澄水,[SG1001011]
この境地は『行陰尽』と呼ばれる。
名行陰盡,[SG1001012]
この境地に達した者はすでに衆生濁を超えている。
是人則能超眾生濁。[SG1001013]
行陰の根本を究め、『幽隠(幽かで、隠れたさま)妄想』がその根本なのである。
觀其所由,幽隱妄想以為其本。[SG1001014]
一、
聴きなさい、アーナンダよ!
阿難當知,[SG1001015]
正知見を持つ修行者は、奢摩他の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
是得正知奢摩他中諸善男子凝明正心,十類天魔不得其便;[SG1001016]
修行者は十二類の衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その本然(本来ありのままに存在すること)の性から結論を引き出してしまう。
方得精研,窮生類本,於本類中生元露者,觀彼幽清圓擾動元,於圓元中起計度者,[SG1001017]
その結果、修行者は二種の『無因(因はないこと)論』に陥る。
是人墜入二無因論:[SG1001018]
一つ目は、衆生の出現は無因であるという見解。なぜこの結論に至るのか?
一者、是人見本無因。何以故? [SG1001019]
修行者は生死の根本を観察し、眼根の八百の功徳によって、八万劫の間のあらゆる衆生を見渡し、衆生が業の流れに従って生死輪廻を繰り返す様子を見届ける。
是人既得生機全破,乘于眼根八百功德,見八萬劫所有眾生,業流灣環、死此生彼,秖見眾生輪迴其處。[SG1001020]
しかし、八万劫より前の世界は真っ暗闇で、見ることができない。
八萬劫外,冥無所觀,[SG1001021]
それで、修行者は結論づける。
便作是解:[SG1001022]
『十方の世界のあらゆる衆生は、八万劫の前に因なく突然出現したのだ』と。
『此等世間十方眾生,八萬劫來無因自有。』[SG1001023]
この誤った推論により、正知見を失い、堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度,亡正遍知,墮落外道,惑菩提性。[SG1001024]
二つ目は、衆生のありさまは無因であるという見解。なぜこの結論に至るのか?
二者、是人見末無因。何以故? [SG1001025]
修行者は生死の根本を観察し、そしてこう考える。
是人於生既見其根,[SG1001026]
『人は人から生まれ、鳥は鳥から生まれる。
知人生人,悟鳥生鳥;[SG1001027]
烏は最初から黒く、鵠は最初から白い。
烏從來黑,鵠從來白,[SG1001028]
人や天人は最初から直立し、畜生は最初から四足で立つ。
人天本竪,畜生本橫,[SG1001029]
白は洗われて白くなったのではなく、黒は染められて黒くなったのではない。
白非洗成,黑非染造;[SG1001030]
八万劫の間、これらは変わることがなかった。
從八萬劫無復改移。[SG1001031]
ならば、私も同じだ。本来仏ではなく、なぜ仏となれるのか?
今盡此形,亦復如是。而我本來不見菩提,云何更有成菩提事! [SG1001032]
万物のありさまは本来無因なのだ』と。
當知今日一切物象,皆本無因。[SG1001033]
これらの誤った推論を信じ込み、修行者は正知見を失い、堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度,亡正遍知,墮落外道,惑菩提性。[SG1001034]
このような者は第一種の外道であり、『無因論』を立てる者である。
是則名為第一外道,立無因論。[SG1001035]
二、
アーナンダよ! 修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
阿難! 是三摩中諸善男子,凝明正心,魔不得便;[SG1001036]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その常住の性から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於圓常中起計度者,[SG1001037]
その結果、修行者は四種の『遍常(遍く常に存在すること)論』に陥る。
是人墜入四遍常論:[SG1001038]
一つ目は、修行者は心と境の根源を究め、両者の出現が無因であると判断する。
一者、是人窮心境性,二處無因;[SG1001039]
二万劫の間の衆生のあらゆる生滅を観察し、すべてが循環して終わりがないことを見て、
修習能知二萬劫中十方眾生所有生滅,咸皆循環不曾散失,[SG1001040]
心と境が常住であると結論づける。
計以為常。[SG1001041]
二つ目は、修行者は四大元素を究め、四大の性が常住であると判断する。
二者、是人窮四大元,四性常住;[SG1001042]
四万劫の間の衆生のあらゆる生滅を観察し、四大の性は消失しないことを見て、
修習能知四萬劫中十方眾生所有生滅,咸皆體恒不曾散失,[SG1001043]
四大が常住であると結論づける。
計以為常。[SG1001044]
三つ目は、修行者は六識・末那識・阿頼耶識の根源を究め、この心・意識の根源が常住であると判断する。
三者、是人窮盡六根末那執受,心意識中本元由處,性常恒故;[SG1001045]
八万劫の間のあらゆる衆生の輪廻を観察し、八識の性が常住で、失われることがないことを見て、
修習能知八萬劫中一切眾生循環不失,本來常住,窮不失性,[SG1001046]
八識の性が常住であると結論づける。
計以為常。[SG1001047]
四つ目は、修行者の想陰がすでに尽き果て、生滅する想陰の心が永遠に消滅し、行陰の微細な動きがとまることのないことを見て、行陰が不生不滅であると判断する。
四者、是人既盡想元,生理更無流止運轉,生滅想心今已永滅,理中自然成不生滅;[SG1001048]
これにより、行陰が常住であると結論づける。
因心所度,計以為常。[SG1001049]
これらの常住の推論を信じ込み、修行者は正知見を失い、堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計常,亡正遍知,墮落外道,惑菩提性。[SG1001050]
このような者は第二種の外道であり、『円常論』を立てる者である。
是則名為第二外道,立圓常論。[SG1001051]
三、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001052]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、自他の対立から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於自他中起計度者,[SG1001053]
その結果、修行者は四種の『一部分は無常であり、一部分は常である』という転倒した見解に陥る。
是人墜入四顛倒見,一分無常、一分常論:[SG1001054]
一つ目は、修行者はこの妙明で、湛然で、十方に遍在する行陰を観察し、これを『究極の神我』と見なす。
一者、是人觀妙明心遍十方界,湛然以為究竟神我。[SG1001055]
そして、『この神我は清明で、不動で、十方に遍在する。すべての衆生は私の心の中で生きたり、死んだりする。
從是則計我遍十方,凝明不動;一切眾生,於我心中自生自死。[SG1001056]
ゆえに、私の心は常住であり、生滅する衆生は無常である』と結論づける。
則我心性名之為常,彼生滅者真無常性。[SG1001057]
二つ目は、修行者は自分の心を観察せず、十方の恒河沙数の国土を広く観察する。
二者、是人不觀其心,遍觀十方恒沙國土,[SG1001058]
そして、『壊劫が波及する世界は無常であり、壊劫が波及しない世界は常住である』と結論づける。
見劫壞處名為究竟無常種性;劫不壞處,名究竟常。[SG1001059]
三つ目は、修行者は自分の心(行陰)を観察し、それが十方に遍在し、微塵のように隠微(幽かで目立たないこと)であるのを見て、
三者、是人別觀我心,精細微密猶如微塵,流轉十方[SG1001060]
『その性質は不変であり、衆生の生滅する根源である。
性無移改。能令此身即生即滅,[SG1001061]
この不壊の性こそが常住の我であり、すべての生滅はこの我から流れ出る無常のものである』と結論づける。
其不壞性名我性常;一切死生從我流出,名無常性。[SG1001062]
四つ目は、想陰がすでに尽き果て、行陰が絶え間なく流動しているのを見て、
四者、是人知想陰盡,見行陰流,[SG1001063]
『この流動の性は常住であり、すでに尽き果てた色陰・受陰・想陰は無常である』と結論づける。
行陰常流計為常性;色、受、想等今已滅盡,名為無常。[SG1001064]
これらの一分無常・一分常の論を信じ込み、修行者は堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度一分無常、一分常故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001065]
このような者は第三種の外道であり、『一分常論』を立てる者である。
是則名為第三外道一分常論。[SG1001066]
四、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001067]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その区分から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於分位中生計度者,[SG1001068]
その結果、修行者は四種の『有辺(果てがあること)論』に陥る。
是人墜入四有邊論:[SG1001069]
一つ目は、修行者は、行陰が絶え間なく流動しているのを見て、
一者、是人心計生元,流用不息,[SG1001070]
『過去と未来は有辺であり、この流動し続ける行陰は無辺である』と結論づける。
計過未者名為有邊;計相續心名為無邊。[SG1001071]
二つ目は、修行者は八万劫の間の衆生を観察し、八万劫以前の世界が真っ暗闇で、何も見えないので、
二者、是人觀八萬劫則見眾生,八萬劫前寂無聞見。[SG1001072]
『その何も見えない時空は無辺であり、衆生の存在する時空は有辺である』と結論づける。
無聞見處名為無邊;有眾生處名為有邊。[SG1001073]
三つ目は、修行者は、自分の遍在する心が無辺であると判断する。
三者、是人計我遍知,得無邊性。[SG1001074]
そして、『すべての衆生は私の心の中に現れるものである。彼らの知覚がどこに及ぶか私は知らない。だから、彼らは私の無辺の心を持っていない』と考え、
彼一切人現我知中,我曾不知彼之知性;名彼不得無邊之心,[SG1001075]
それで、衆生の心が有辺であると結論づける。
但有邊性。[SG1001076]
四つ目は、修行者は行陰の本質が空であると見極め、
四者、是人窮行陰空,[SG1001077]
『すべての衆生の身は、半分が成長しており、半分が滅している』と観察し、
以其所見心路籌度,一切眾生一身之中,計其咸皆半生半滅。[SG1001078]
そして、『世界のすべては半分が有辺であり、半分が無辺である』と結論づける。
明其世界一切所有,一半有邊,一半無邊。[SG1001079]
これらの有辺・無辺の論を信じ込み、修行者は堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度有邊無邊,墮落外道,惑菩提性。[SG1001080]
このような者は第四種の外道であり、『有辺論』を立てる者である。
是則名為第四外道立有邊論。[SG1001081]
五、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001082]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その知見から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於知見中生計度者,[SG1001083]
その結果、修行者は四種の『転倒不死矯乱遍計虚論(無意味な不敗の空論)』に陥る。
是人墜入四種顛倒不死矯亂遍計虛論:[SG1001084]
一つ目は、修行者は行陰の変化を観察し、
一者、是人觀變化元,[SG1001085]
変わることを『変』、
見遷流處名之為變;[SG1001086]
続くことを『恒』、
見相續處名之為恒;[SG1001087]
現れることを『生』、
見所見處名之為生;[SG1001088]
消えることを『滅』、
不見見處名之為滅。[SG1001089]
増えて絶えないことを『増』、
相續之因,性不斷處名之為增;[SG1001090]
続くものが離れることを『減』、
正相續中,中所離處名之為減;[SG1001091]
生じたものを『有』、
各各生處名之為有;[SG1001092]
消滅したものを『無』と呼ぶ。
互互亡處名之為無。[SG1001093]
修行者は理によって結論を出しながら、偏見を持って誤った見解を取る。
以理都觀,用心別見。[SG1001094]
もし人々が法を求めるなら、修行者は、『私はいま、同時に生・滅・有・無・増・減の状態にある』と答える。
有求法人來問其義,答言:『我今亦生亦滅,亦有亦無,亦增亦減。』[SG1001095]
他人が理解できないように、常にでたらめを言う。
於一切時皆亂其語,令彼前人遺失章句。[SG1001096]
二つ目は、修行者は自分の心を観察し、念が一つ一つ消滅し続けることから『無』の理を悟る。
二者、是人諦觀其心,互互無處,因無得證。[SG1001097]
もし人々が法を求めるなら、修行者はただ一言『無』とだけ答え、それ以外は何も言わない。
有人來問,唯答一字,但言其無。除無之餘,無所言說。[SG1001098]
三つ目は、修行者は自分の心を観察し、念が一つ一つ生じ続けることから『有』の理を悟る。
三者、是人諦觀其心,各各有處,因有得證。[SG1001099]
もし人々が法を求めるなら、修行者はただ一言『有』とだけ答え、それ以外は何も言わない。
有人來問,唯答一字,但言其是。除是之餘,無所言說。[SG1001100]
四つ目は、修行者は自分の心を観察し、念が有とも無とも見え、
四者、是人有無俱見,[SG1001101]
その様相が錯綜しすぎて、修行者は混乱に陥る。
其境枝故其心亦亂。[SG1001102]
もし人々が法を求めるなら、他人が反論できないように、修行者は、『有はすなわち無であり、無の中にもまた有ではない』というでたらめを言う。
有人來問,答言:『亦有即是亦無,亦無之中不是亦有。』一切矯亂,無容窮詰。[SG1001103]
これらの無意味な空論に陥り、修行者は堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度矯亂虛無,墮落外道,惑菩提性。[SG1001104]
このような者は第五種の外道であり、四種の『転倒不死矯乱遍計虚論』を立てる者である。
是則名為第五外道四顛倒性不死矯亂遍計虛論。[SG1001105]
六、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001106]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その尽きることのない揺れの性から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於無盡流生計度者,[SG1001107]
その結果、修行者は『死後有相』という転倒した論に陥る。
是人墜入死後有相發心顛倒:[SG1001108]
あるいは色の身に執着し、『我は色である』と思う。
或自固身,云色是我;[SG1001109]
あるいは十方の国土が自分の心に現れることを見て、『我は色を有する』と思う。
或見我圓含遍國土,云我有色;[SG1001110]
あるいは自分は塵境を操ることができるゆえ、『色は我に属する』と思う。
或彼前緣隨我迴復,云色屬我;[SG1001111]
あるいは自分は色に依って活動するゆえ、『我は色に存在する』と思う。
或復我依行中相續,云我在色。[SG1001112]
このように色陰・受陰・想陰・行陰の四陰から十六の『死後有相』の結論を出し、
皆計度言死後有相,如是循環有十六相。[SG1001113]
『煩悩も菩提も常住であり、両者は永遠に平行して交わることがない』と結論つける。
從此惑計畢竟煩惱,畢竟菩提,兩性並驅,各不相觸。[SG1001114]
これらの『死後有相』の論を信じ込み、修行者は堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度死後有故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001115]
このような者は第六種の外道であり、五陰の観察から『死後有相』という転倒した論を立てる者である。
是則名為第六外道,立五陰中死後有相心顛倒論。[SG1001116]
七、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001117]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、すでに消滅した色陰・受陰・想陰から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於先除滅色、受、想中生計度者,[SG1001118]
その結果、修行者は『死後無相』という転倒した論に陥る。
是人墜入死後無相發心顛倒:[SG1001119]
『色陰が消滅したゆえ、形の依存する所はない。
見其色滅形無所因,[SG1001120]
想陰が消滅したゆえ、心の起こる所はない。
觀其想滅心無所繫,[SG1001121]
受陰が消滅したゆえ、繋がりが絶えた。
知其受滅無復連綴,[SG1001122]
受陰と想陰はすでに消滅し、たとえ生命の機能があっても、草木と何が違うのか?
陰性銷散,縱有生理,而無受、想,與草木同。[SG1001123]
生きる時の色の身さえ虚妄であり、なぜ死後に相があると言えるのか』と。
此質現前猶不可得,死後云何更有諸相? [SG1001124]
こう考えて、修行者は『死後無相』の結論に至る。
因之勘校死後相無。[SG1001125]
このように八つ(色陰・受陰・想陰・行陰の生前と死後)の無相の結論を出し、
如是循環有八無相。[SG1001126]
『涅槃も因果も空であり、ただ名のみで、すべては必ず断滅する』と結論つける。
從此或計涅槃因果一切皆空,徒有名字,究竟斷滅。[SG1001127]
これらの『死後無相』の論を信じ込み、修行者は堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度死後無故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001128]
このような者は第七種の外道、五陰の観察から『死後無相』という転倒した論を立てる者である。
是則名為第七外道立五陰中死後無相心顛倒論。[SG1001129]
八、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001130]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,[SG1001131]
現存する行陰と消滅した色陰・受陰・想陰から、有でも無でもないという矛盾した結論を引き出してしまう。
於行存中,兼受想滅,雙計有無,自體相破;[SG1001132]
その結果、修行者は『死後倶非(何でもないこと)』という転倒した論に陥る。
是人墜入死後俱非起顛倒論:[SG1001133]
『過去に存在した色陰・受陰・想陰は実は本来存在せず、
色、受、想中見有非有;[SG1001134]
いま行陰を観察し、あるとも言えず、ないとも言えない。』
行遷流內觀無不無。[SG1001135]
このように八つ(色陰・受陰・想陰・行陰の有と無)の俱非の結論を出し、
如是循環,窮盡陰、界八俱非相;[SG1001136]
誰に対しても、『死後には有でも無でもない』と説く。
隨得一緣,皆言死後有相無相。[SG1001137]
さらに誤った悟りを得て、『世間のすべても有でも無でもない』と言い張り、不実の理と真実の理とを混同する。
又計諸行性遷訛故,心發通悟,有無俱非,虛實失措,[SG1001138]
これらの『死後倶非』の論を信じ込み、修行者は死後の情況を知らず、堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度死後俱非。後際昏瞢無可道故,墮落外道,惑菩提性。[SG1001139]
このような者は第八種の外道であり、五陰の観察から『死後倶非』という転倒した論を立てる者である。
是則名為第八外道立五陰中死後俱非心顛倒論。[SG1001140]
九、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001141]
修行者は衆生の由来を深く究め、この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その消滅の現象から結論を引き出してしまう。
窮生類本,觀彼幽清常擾動元,於後後無生計度者,[SG1001142]
その結果、修行者は『七断滅』の論に陥る。
是人墜入七斷滅論:[SG1001143]
あるいは身体が滅し、
或計身滅,[SG1001144]
あるいは欲望が尽き、
或欲盡滅,[SG1001145]
あるいは苦しみが尽き、
或苦盡滅,[SG1001146]
あるいは喜びが尽き、
或極樂滅,[SG1001147]
あるいは捨心が尽き、
或極捨滅。[SG1001148]
これらが消滅して二度と生じないことから『死後断滅』の結論に至る。
如是循環窮盡七際,現前銷滅,滅已無復,由此計度死後斷滅。[SG1001149]
修行者は堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
墮落外道,惑菩提性。[SG1001150]
このような者は第九種の外道、五陰の観察から『死後断滅』という転倒した論を立てる者である。
是則名為第九外道立五陰中死後斷滅心顛倒論。[SG1001151]
十、
また、修行者は三摩地の中で真心の性を固め、天魔が付け込む隙はない。
又三摩中諸善男子,堅凝正心,魔不得便;[SG1001152]
修行者は衆生の由来を深く究め、
窮生類本,[SG1001153]
この幽かで、揺らめいている根源を観察し、その再生の現象から結論を引き出してしまう。
觀彼幽清常擾動元,於後後有生計度者,[SG1001154]
その結果、修行者は五種の『涅槃論』に陥る。
是人墜入五涅槃論:[SG1001155]
あるいは欲界天を見てその円明な境地に憧れるゆえ、欲界天を涅槃の境地と思い込む。
或以欲界為正轉依,觀見圓明生愛慕故;[SG1001156]
あるいは初禅天には憂いがないゆえ、そこを涅槃の境地と思い込む。
或以初禪,性無憂故;[SG1001157]
あるいは二禅天には苦悩がないゆえ、そこを涅槃の境地と思い込む。
或以二禪,心無苦故;[SG1001158]
あるいは三禅天には喜びが満ちるゆえ、そこを涅槃の境地と思い込む。
或以三禪,極悅隨故;[SG1001159]
あるいは四禅天には苦楽がなく、二度と輪廻に落ち入らないゆえ、そこを涅槃の境地と思い込む。
或以四禪,苦樂二亡不受輪迴生滅性故。[SG1001160]
修行者はこれら五つの安穏なる有漏の天界に迷い、そこを清浄無為の究極の落ち着き先と思い込み、
迷有漏天,作無為解,五處安隱為勝淨依,如是循環,五處究竟[SG1001161]
五種の『涅槃論』に陥り、堕落して外道となり、菩提の性が遮られる。
由此計度五現涅槃,墮落外道,惑菩提性。[SG1001162]
このような者は第十種の外道であり、五陰の観察から五種の『涅槃論』という転倒した論を立てる者である。
是則名為第十外道立五陰中五現涅槃心顛倒論。[SG1001163]
アーナンダよ! 以上の十種の禅那の中で得た狂った見解は、すべて行陰を突破しようとする際に起こる誤った悟りである。
阿難! 如是十種禪那狂解,皆是行陰用心交互,故現斯悟。[SG1001164]
修行者は頑迷で、身の程をわきまえず、これらの境地に遭遇する時、迷いを悟りと取り違え、
眾生頑迷,不自忖量,逢此現前,以迷為解,[SG1001165]
自分がすでに聖者の境地に達したと公言し、大妄語を犯し、死後には無間地獄に落ち入る。
自言登聖,大妄語成,墮無間獄。[SG1001166]
如来が入滅した後、お前たちは必ずこの教えを末法の世の衆生に広く伝え、皆に理解させ、
汝等必須將如來語,於我滅後傳示末法,遍令眾生覺了斯義。[SG1001167]
衆生を守護し、内心に潜む悪魔に従って深い罪業を作ることのないように導き、
無令心魔自起深孽,保持覆護,[SG1001168]
邪見を除き、真理を示し、衆生を無上の道から脇道に逸れさせてはならず、
消息邪見,教其身心,開覺真義,於無上道不遭枝岐。[SG1001169]
わずかな悟りに満足することをさせず、大覚の王という清浄な模範となれ。
勿令心祈得少為足,作大覺王清淨標指。[SG1001170]
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