りょうごんきょう】巻九


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 > 7.受陰の十種の魔境


 じゅおんの十種の魔境


アーナンダよ! 修行者がさんシャを修め、しきおんが尽き果てた時、

阿難! 彼善男子修三摩提,奢摩他中色陰盡者,[SG0907001]

真心が現れ、しかし、まるで鏡に映る映像のようである。

見諸佛心,如明鏡中顯現其像。[SG0907002]

真心を得たように感じるが、まだざいに活用することができない。

若有所得而未能用,[SG0907003]

まるで金縛りに遭い、しきがありながらも身体が動がないようなじょうたいである。

猶如魘人,手足宛然,見聞不惑,心觸客邪而不能動;[SG0907004]

このきょうは『じゅおん』と呼ばれる。

此則名為受陰區宇。[SG0907005]


金縛りのようなしょうがいが消失し、心が肉体からはな て自らの顔を振り返ることができ、らいが自由で妨げがない。

若魘咎歇,其心離身,返觀其面,去住自由,無復留礙,[SG0907006]

このきょうは『じゅおん尽』と呼ばれる。

名受陰盡,[SG0907007]

このきょうに達した者はすでにけんじょくを超えている。

是人則能超越見濁。[SG0907008]

じゅおんの根本を究め、『虚みょう 偽りのにんもうそう』がその根本なのである。

觀其所由,虛明妄想以為其本。[SG0907009]




    一、

アーナンダよ! しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、心は大こうみょうを放つ。

阿難! 彼善男子,當在此中得大光耀,其心發明,[SG0907010]

修行者は心を過度に抑え、にわかに限りのない悲しみが湧き起こる。

內抑過分,忽於其處發無窮悲。[SG0907011]

蚊や虻のような小さな虫さえ子供のように憐れみ、思わず涙が出る。

如是乃至觀見蚊虻猶如赤子,心生憐愍,不覺流淚。[SG0907012]

これは心が抑えられすぎたゆえの反応であり、

此名功用抑摧過越,[SG0907013]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされず、やがて自然に消え去る。

悟則無咎,非為聖證;覺了不迷,久自銷歇。[SG0907014]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は悲魔(悲しみの魔)に侵される。

若作聖解,則有悲魔入其心府,[SG0907015]

人に会うたびに悲しいと感じ、泣き続け、正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

見人則悲,啼泣無限,失於正受,當從淪墜。[SG0907016]




    二、

また、アーナンダよ! しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、すぐれた相が出現する。

阿難! 又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,勝相現前,[SG0907017]

修行者は過度に奮い立ち、限りのない勇気を奮い起こし、心は激昂している。

感激過分,忽於其中生無限勇。其心猛利,[SG0907018]

自分がにょらいきょうに達したと思い込み、一念の間に三ソウの修行を超えたと公言する。

志齊諸佛,謂三僧祇一念能越。[SG0907019]

これは修行の勢いが猛烈すぎるゆえの反応であり、

此名功用凌率過越,[SG0907020]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされず、やがて自然に消え去る。

悟則無咎,非為聖證;覺了不迷,久自銷歇。[SG0907021]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は狂気の魔に侵される。

若作聖解,則有狂魔入其心腑,[SG0907022]

慢心して人に会うたびにまんし、眼中ににょらいがなく、位の低い者をけいし、正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

見人則誇,我慢無比。其心乃至上不見佛,下不見人,失於正受,當從淪墜。[SG0907023]




    三、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907024]

しかし、進めばもっと高いきょうに至れず、退けば戻る場所がない。

前無新證,歸失故居。[SG0907025]

そのきょうにとどまって進めず、知力が衰えて何も見えなくなる。

智力衰微,入中墮地,逈無所見。[SG0907026]

その時、心はにわかにかつし、追憶にふけり、これをしょうじんの心と思い込む。

心中忽然生大枯渴,於一切時沈憶不散,將此以為勤精進相。[SG0907027]

これはを欠いたまま心を修め、迷いにおちいったじょうたいであり、

此名修心無慧自失,[SG0907028]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907029]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は追憶の魔に侵される。

若作聖解,則有憶魔入其心腑,[SG0907030]

昼夜を問わず心を一箇所に縛り付け、正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

旦夕撮心懸在一處,失於正受,當從淪墜。[SG0907031]




    四、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907032]

の力がじょうりき(心を鎮静させ、雑念を抑える力)を大きく上回り、心をせいぎょできなくなる。

慧力過定,失於猛利,[SG0907033]

さまざまな悟りを得たゆえ、自分がしゃにょらいであると考え、少しの進歩で満足してしまう。

以諸勝性懷於心中,自心已疑是盧舍那,得少為足。[SG0907034]

これは心を使いすぎ、反省を欠き、けんに溺れたじょうたいであり、

此名用心亡失恒審溺於知見,[SG0907035]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907036]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は劣等で容易に満足する魔に侵される。

若作聖解,則有下劣易知足魔入其心腑,[SG0907037]

人に会うたびに、『私はじょういちを悟った』と告げ、正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

見人自言:『我得無上第一義諦。』失於正受,當從淪墜。[SG0907038]




    五、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907039]

新たなきょうに至れず、過去の心はすでにしょうめつした。

新證未獲,故心已亡,[SG0907040]

修行者は、前途が多難だと悲観し、心はにわかに無限の憂いに沈む。

歷覽二際自生艱險,於心忽然生無盡憂,[SG0907041]

まるで地獄のかなとこに臥し、毒薬を飲むようであり、生きる気力を失う。

如坐鐵床,如飲毒藥,心不欲活,[SG0907042]

そして、早くだつしたいと願い、他人に自分を殺すことを頼む。

常求於人令害其命,早取解脫。[SG0907043]

これは、ほう便べんを欠いた修行による反応であり、

此名修行失於方便,[SG0907044]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907045]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は常に憂愁の魔に侵され、

若作聖解,則有一分常憂愁魔入其心腑,[SG0907046]

刀剣を手にして自分の肉を切り、命を絶つことを喜び、

手執刀劍自割其肉,欣其捨壽。[SG0907047]

あるいは常に憂いに沈んで人を避け、深山に隠れ住む。

或常憂愁,走入山林,不耐見人。[SG0907048]

正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

失於正受,當從淪墜。[SG0907049]




    六、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907050]

しょうじょうきょうの中で心が安らぐ。

處清淨中心安隱後,[SG0907051]

その時、無限の喜びがにわかに湧き起こり、狂喜して自制できなくなる。

忽然自有無限喜生,心中歡悅不能自止。[SG0907052]

これは、の力が不足し、心の喜びをせいぎょできないじょうたいであり、

此名輕安無慧自禁,[SG0907053]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907054]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心はらく(喜びと楽しみ)の魔に侵される。

若作聖解,則有一分好喜樂魔入其心腑,[SG0907055]

人に会うたびに大笑いし、みちばたで踊り狂ったり、歌ったりし、自分がすでにだつきょうに達したと称する。

見人則笑,於衢路傍自歌自舞,自謂已得無礙解脫。[SG0907056]

正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

失於正受,當從淪墜。[SG0907057]




    七、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷,受陰明白,[SG0907058]

自分が最高のきょうに達したと思い込み、急に大きな我慢(しちまんの一つ。自我にしゅうちゃくして高ぶること)の心が生じる。

自謂已足,忽有無端大我慢起。[SG0907059]

さらに慢・まんまんまんぞうじょうまんまんしちまんのうちの五つ)などの心も同時に生じる。

如是乃至慢與過慢,及慢過慢,或增上慢,或卑劣慢,一時俱發。[SG0907060]

にょらいさえも軽んじ、ましてやしょうもんえんがくなどは眼中にない。

心中尚輕十方如來,何況下位聲聞、緣覺。[SG0907061]

これは、の力が不足し、すぐれたきょうに惑わされて抜け出せないじょうたいであり、

此名見勝無慧自救,[SG0907062]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907063]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は大我慢の魔に侵される。

若作聖解,則有一分大我慢魔入其心腑,[SG0907064]


ぶっとうや寺を敬わず、きょうてんぶつぞうを破壊し、だんのつ(寺や僧にをする信者)にこのように説く、

不禮塔廟,摧毀經像,謂檀越言:[SG0907065]

『それらはただの金・銅・土・木であり、経巻は葉や布にすぎない。

『此是金、銅、或是土、木,經是樹葉、或是疊花。[SG0907066]

この肉体こそが真常である。自分を敬わず、かえって土・木を崇める。これが本末てんとうである。』

肉身真常,不自恭敬;却崇土木,實為顛倒。』[SG0907067]

これを深く信じる者は、経やぶつぞうを破壊して土の中に埋める。

其深信者,從其毀碎埋棄地中,[SG0907068]

こうしてしゅじょうを惑わし、正しい悟りを失い、必ずけん地獄に落ち入り、りんを続ける。

疑誤眾生,入無間獄。失於正受,當從淪墜。[SG0907069]




    八、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907070]

心のしんせいを悟り、大じゅん調ちょうきょうに達する。

於精明中圓悟精理,得大隨順,[SG0907071]

にわかにりょうの軽やかさが湧き起こり、自分がすでに聖者のきょうに達したと思う。

其心忽生無量輕安,己言成聖得大自在。[SG0907072]

これはの力によって起こる軽清(軽く清いさま)のきょうであり、

此名因慧獲諸輕清,[SG0907073]

聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907074]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は軽清を好む魔に侵される。

若作聖解,則有一分好輕清魔入其心腑,[SG0907075]

現状に満足して進歩を求めなくなる。

自謂滿足,更不求進。[SG0907076]

多くの修行者は無知なとなり、しゅじょうを誤らせ、正しい悟りを失い、必ずごくに落ち入り、りんを続ける。

此等多作無聞比丘,疑誤眾生,墮阿鼻獄。失於正受,當從淪墜。[SG0907077]




    九、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907078]

虚明(くうきょで明るいさま)の性を得て、『すべては必ず永遠にしょうめつする』というかんねんおちいる。

於明悟中得虛明性,其中忽然歸向永滅,[SG0907079]

そして、空無の心が現れ、だんめつの見解にしゅうちゃくする。

空心現前,乃至心生長斷滅解。[SG0907080]

これは聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907081]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は空の魔に侵される。

若作聖解,則有空魔入其心腑,[SG0907082]

かい者はしょうじょうの者だ。空の理を悟ったさつにとって、かいかいも空である』とぼうする。

乃謗持戒名為小乘,菩薩悟空有何持犯! [SG0907083]

信心深いだんのつの前で酒を飲み、肉を食べ、いんぎょうを広くする。

其人常於信心檀越,飲酒、噉肉,廣行婬穢。[SG0907084]


天魔のの下で、周囲の人々は疑わず、非難もしない。

因魔力故,攝其前人不生疑謗。[SG0907085]

修行者の心が久しく天魔に操られ、その後、ふん尿にょうさえもしゅにくと同じく空であると思ってふん尿にょうを食べる。

鬼心久入,或食屎尿與酒肉等,一種俱空。[SG0907086]

にょらいちぎを破壊し、人々を誤らせ、正しい悟りを失い、最後には再びりんに落ち入る。

破佛律儀,誤入人罪。失於正受,當從淪墜。[SG0907087]




    十、

また、しきおんが尽き果て、ぜんの中でじゅおんをはっきりとにんしきし、

又彼定中諸善男子,見色陰銷、受陰明白,[SG0907088]

きょみょうの性に深く惑わされる。

味其虛明深入心骨,[SG0907089]

その時、にわかに無限の愛が湧き起こり、愛が極まって心は狂い、そしてその愛は強いたんよくに変わる。

其心忽有無限愛生,愛極發狂,便為貪欲。[SG0907090]

これは、ぜんじょうの安らかさに溺れ、心を制するが不足し、欲望にとらわれるじょうたいである。

此名定境安順入心,無慧自持,誤入諸欲;[SG0907091]

これは聖者のきょうではない。見破ることができればこのきょうに惑わされない。

悟則無咎,非為聖證。[SG0907092]

もしこれを聖者のきょうと思い込めば、心は欲望の魔に侵される。

若作聖解,則有欲魔入其心腑,[SG0907093]

『欲望こそがだいの道であり、いんぎょうこそが真の修行である』と公言し、びゃくじゃいんを勧める。

一向說欲為菩提道,化諸白衣平等行欲,其行婬者名持法子。[SG0907094]


まっぽうの世において、じんの下で、多くの愚かな人々が惑わされ、その人数は百・二百・五百・六百、さらに千・万にも達する。

神鬼力故,於末世中攝其凡愚,其數至百,如是乃至一百、二百或五六百,多滿千萬。[SG0907095]

やがて天魔は飽きて修行者の身体からはな とくを失った修行者は国法の裁きを受けることになる。

魔心生厭,離其身體,威德既無,陷於王難;[SG0907096]

しゅじょうを誤らせ、正しい悟りを失い、必ずけん地獄に落ち入り、りんを続ける。

疑誤眾生,入無間獄。失於正受,當從淪墜。[SG0907097]



アーナンダよ! これら十種のぜんにおけるしょうは、じゅおんを突破しようとする際に起きるものである。

阿難! 如是十種禪那現境,皆是受陰用心交互,故現斯事。[SG0907098]

修行者はがんめいで、身の程をわきまえず、以上のきょうそうぐうする時、見破ることができず、

眾生頑迷,不自忖量,逢此因緣,迷不自識,[SG0907099]

自分がすでに聖者のきょうに達したと公言し、大もうを犯し、にはけん地獄に落ち入る。

謂言登聖;大妄語成,墮無間獄。[SG0907100]

にょらいにゅうめつした後、お前たちは必ずこの教えをまっぽうの世のしゅじょうに広く伝え、皆に悟りを開かせ、

汝等亦當將如來語,於我滅後傳示末法,遍令眾生開悟斯義。[SG0907101]

天魔に隙を与えず、しゅじょうしゅして皆にじょうの道をじょうじゅさせよう。

無令天魔得其方便,保持覆護,成無上道。[SG0907102]



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