【楞厳経】巻九
無色界天
また、アーナンダよ! 色界の上には分かれ道がある。
復次,阿難! 從是有頂色邊際中,其間復有二種歧路:[SG0902001]
智慧が捨心から生じて光を放ち、円通の境地に達すれば、その者は六塵の界を超え、阿羅漢の境地に達し、菩薩乗に入る。
若於捨心發明智慧,慧光圓通便出塵界,成阿羅漢,入菩薩乘,[SG0902002]
このような者は『廻心(小乗の心を大乗の心に転じること)の大阿羅漢』と呼ばれる。
如是一類名為迴心大阿羅漢。[SG0902003]
一方、捨心が強くなり、身を障害と見なし、身を捨て去って空の境地に入る。
若在捨心捨厭成就,覺身為礙,銷礙入空,[SG0902004]
これは空無辺処の境地である。
如是一類名為空處。[SG0902005]
身という障害はすでに消滅し、空という感覚さえも消滅した。
諸礙既銷,無礙無滅,[SG0902006]
ただ阿頼耶識(第八識)と末那識(第七識)の後半部分(前半部分は六識に働き、後半部分は第八識に働く)だけが残る。
其中唯留阿賴耶識,全於末那半分微細,[SG0902007]
これは識無辺処の境地である。
如是一類名為識處。[SG0902008]
身も空もすでに消滅し、心の識(末那識)さえも消滅し、何もなく無の境地に入る。
空色既亡,識心都滅,十方寂然逈無攸往,[SG0902009]
これは無所有処の境地である。
如是一類名無所有處。[SG0902010]
阿頼耶識が不動であり、さらに阿頼耶識を究め、それを滅却しようとする。
識性不動,以滅窮研,於無盡中發宣盡性,[SG0902011]
その結果、阿頼耶識は存在するようでもあり、存在しないようでもある。尽き果てたようでもあり、尽きないようでもある。
如存不存,若盡非盡,[SG0902012]
これは非想非非想処の境地である。
如是一類名為非想非非想處。[SG0902013]
これらの修行者たちは空の理を究めるが、空の真理を悟ることができない。
此等窮空,不盡空理。[SG0902014]
聖者の道から離れた不還天の天人は、『不廻心の鈍阿羅漢』と呼ばれる。
從不還天聖道窮者,如是一類名不迴心鈍阿羅漢。[SG0902015]
無想天など天界に至った外道たちは空の理にとらわれ、迷いに陥り、正法を知らず、最後には再び輪廻に落ち入るのだ。
若從無想諸外道天窮空不歸,迷漏無聞,便入輪轉。[SG0902016]
アーナンダよ! 諸天界の天人はなお凡夫であり、善業が尽きれば再び輪廻に落ち入る。
阿難! 是諸天上各各天人則是凡夫,業果酬答,答盡入輪。[SG0902017]
一方、諸天界の王は皆菩薩であり、三摩地を修めて一歩ずつ菩提の道へ進んでいる。
彼之天王,即是菩薩遊三摩提,漸次增進,迴向聖倫所修行路。[SG0902018]
アーナンダよ、四空天(無色界天)の天人は身心を滅して禅定に入り、有形の身を持たず、そこを修行の終点とする。
阿難! 是四空天身心滅盡,定性現前,無業果色,從此逮終,[SG0902019]
この境地は無色界と呼ばれる。
名無色界。[SG0902020]
衆生は本覚の真心を見失い、妄想を積み重ねるゆえに三界は出現する。
此皆不了妙覺明心,積妄發生,妄有三界,[SG0902021]
衆生は妄想に従って七趣(六道及び仙人道)の中で輪廻を繰り返す。
中間妄隨七趣沈溺。補特伽羅,各從其類。[SG0902022]
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