【楞厳経】巻五
十八、火大
烏枢沙摩明王が合掌し、お釈迦様に頂礼して言いました。
烏芻瑟摩於如來前,合掌頂禮佛之雙足而白佛言;[SG0505001]
「多くの劫の前に私は欲情の強い者でございました。
「我常先憶久遠劫前,性多貪欲。[SG0505002]
その時、空王とおっしゃる如来様が御在世になり、『情欲がまるで烈火のように自身を焼き尽くす』と私にお諭しになりました。
有佛出世名曰空王,說多婬人成猛火聚。[SG0505003]
空王如来様は私に全身の骨格・四肢にある冷気と暖気を遍く観察する法を教えてくださいました。
教我遍觀百骸、四𨈛、諸冷暖氣;[SG0505004]
私は精神の光を内へ集中し、情欲を智慧の火へと転じました。
神光內凝,化多婬心成智慧火。[SG0505005]
それ以来、諸如来様は私を火頭とお呼びになり、私はこの火光三昧の力によって阿羅漢の境地に達しました。
從是諸佛皆呼召我名為火頭。我以火光三昧力故,成阿羅漢。[SG0505006]
私は大願を立てました、『諸如来様がご成道になった時、私は金剛力士として、悪魔たちを降伏させます』と。
心發大願,諸佛成道我為力士,親伏魔怨。[SG0505007]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505008]
私は身心の火が空であると悟り、煩悩が尽き、大宝焔が起こり、本来の覚性が現れます。
我以諦觀身心暖觸無礙流通,諸漏既銷,生大寶焰,登無上覺,[SG0505009]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505010]
十九、地大
持地菩薩が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
持地菩薩即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0505011]
「昔々、普光如来様が御在世になった時、私は比丘でございました。
「我念往昔普光如來出現於世,我為比丘。[SG0505012]
要路・港・農道などで、車馬の通行を妨げる凸凹の路面があれば、私はそれを平らにし、あるいは橋を架け、あるいは土砂を運ぶ手助けをしました。
常於一切要路津口,田地險隘,有不如法妨損車馬,我皆平填,或作橋梁,或負沙土。[SG0505013]
このように続けて無量の如来様の時代を過ごしました。
如是勤苦,經無量佛出現於世。[SG0505014]
また、市場などで荷物を運んでほしい者がいれば、私は目的地まで代わって運び、報酬を受け取ることなく立ち去りました。
或有眾生於闤闠處要人擎物,我先為擎,至其所詣,放物即行,不取其直。[SG0505015]
後に毘舎浮如来様が御在世になった時代、世間には飢饉が頻発し、私は運搬人として遠近を問わず働き、ただ一銭のみの報酬を受け取りました。
毘舍浮佛現在世時,世多饑荒,我為負人,無問遠近唯取一錢。[SG0505016]
あるいは泥濘にはまった牛車があれば、私は必ず神力を使って牛車を泥濘の外に押し出し、皆を苦難から救いました。
或有車牛被於泥溺,我有神力為其推輪,拔其苦惱。[SG0505017]
その時、国王は斎会を設けて如来様を接待し、それで、私は道を平らにし、如来様をお迎えいたしました。
時國大王延佛設齋,我於爾時平地待佛。[SG0505018]
毘舎浮如来様は私の頭をお撫でになってこうおっしゃいました。
毘舍如來摩頂謂我:[SG0505019]
『まず自分の心を平らにしなさい。心が平らであれば、世間の地もまたすべて平らになるのだ。』
『當平心地,則世界地一切皆平!」[SG0505020]
その瞬間、私は悟りを開きました。
我即心開,[SG0505021]
身を構成する微塵と世界を構成する微塵は本来等しく、区別がない。
見身微塵,與造世界所有微塵等無差別,[SG0505022]
そもそも微塵の本質が空であり、互いに触れることなく、たとえ刀や兵器であっても、触れることはありません。
微塵自性不相觸摩,乃至刀兵亦無所觸。[SG0505023]
私は法性(すべての存在や現象の真の本性)から無生法忍を悟り、阿羅漢の境地に達しました。
我於法性悟無生忍,成阿羅漢,[SG0505024]
その後、小乗の法を捨て、菩薩の果位に登りました。
迴心今入菩薩位中,[SG0505025]
もし諸如来様がこの『妙蓮華』の経を広くお説きになるなら、私は必ずその法会に伺ってこのお経を証明します。
聞諸如來宣妙蓮華佛知見地,我先證明而為上首。[SG0505026]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505027]
私は身と世界を構成する微塵が等しく区別がなく、すべてが本来如来蔵から現れる塵の相であることを観察します。
我以諦觀身界二塵等無差別,本如來藏虛妄發塵,[SG0505028]
塵の相は消滅し、智慧は円満になり、無上の道を成就しました。
塵銷智圓成無上道,[SG0505029]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505030]
二十、水大
月光童子が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
月光童子即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0505031]
「恒河沙数の劫の前に、水天とおっしゃる如来様が御在世になり、菩薩たちに水の観想を通じて三摩地に入る法門をお教えになりました。
「我憶往昔恒河沙劫,有佛出世名為水天,教諸菩薩修習水觀入三摩地。[SG0505032]
私は、『体内の水は互いに混合することができ、涙液や唾液から、血液、大小便に至るまで、体内を巡るすべての水の性は同一である』と観想しました。
觀於身中水性無奪,初從涕唾,如是窮盡津液精血、大小便利,身中漩澓水性一同;[SG0505033]
その後、体内の水と蓮華蔵荘厳世界海にある諸香水海の水は同一であり、区別がないことがはっきりと見えました。
見水身中,與世界外浮幢王剎諸香水海、等無差別。[SG0505034]
この観想を完成した初期、水ばかり見え、しかし、なお無身の境地に達しておりませんでした。
我於是時初成此觀,但見其水,未得無身。[SG0505035]
ある日、比丘の部屋で禅定に入っていた時、私の弟子は窓から室内を覗き込み、澄んだ水が部屋に満ちているだけが見え、私の姿が見えませんでした。
當為比丘室中安禪,我有弟子窺窓觀室,唯見清水遍在屋中,了無所見。[SG0505036]
幼い弟子は無知で、一枚の瓦を水の中に投げ入れ、水の声が出て、そして弟子はそのまま立ち去りました。
童稚無知,取一瓦礫投於水內,激水作聲,顧盻而去。[SG0505037]
私が出定(禅定から平常の状態に戻ること)した後、にわかに心に痛みを覚えました。
我出定後頓覺心痛,[SG0505038]
それは、かつてシャーリプトラ尊者が悪鬼に打たれたような様子でした(ある日、シャーリプトラが禅定に入った時、頭が怪力の鬼に力強く打たれた。シャーリプトラが出定した後、少し頭痛がした)。
如舍利弗遭違害鬼。[SG0505039]
私は自問しました。
我自思惟:[SG0505040]
『私はすでに阿羅漢の境地に達し、久しく病の因縁を断ち切ったはずなのに、なぜ今日、にわかに心が痛んでいるのか?
『今我已得阿羅漢道,久離病緣,云何今日忽生心痛? [SG0505041]
もしかして修行が退転(一度得た悟りを失って低いほうに落ちること)したのではないか?』
將無退失?」[SG0505042]
その時、弟子がやってきて先ほどの出来事を話し、私は彼に言いました。
爾時,童子捷來我前,說如上事。我則告言:[SG0505043]
『もしまた水が部屋に満ちているのが見えるなら、門を開けてその瓦を取り出しなさい。』
『汝更見水,可即開門入此水中,除去瓦礫。」[SG0505044]
そして、私が再び部屋で禅定に入った時、弟子は再度水が満ちているのが見え、その瓦はなお水中にありました。
童子奉教,後入定時,還復見水,瓦礫宛然,[SG0505045]
弟子は私の指示に従って門を開け、水中から瓦を取り除きました。
開門除出。[SG0505046]
それで、私が出定すると、痛みはなくなったのです。
我後出定,身質如初。[SG0505047]
その後、無量の如来様の時代を経て、山海自在通王如来様の時代に至り、私はついに無身の境地に達しました。
逢無量佛,如是至於山海自在通王如來,方得亡身;[SG0505048]
私は十方世界の香水海に溶け込むことができ、真空の性に合致し、いま如来様から童真の名を賜り、菩薩の列に加わっております。
與十方界諸香水海,性合真空,無二無別。今於如來得童真名,預菩薩會。[SG0505049]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505050]
私は水の性が不二であることから無生法忍を悟り、菩提を円満にしました。
我以水性一味流通,得無生忍,圓滿菩提,[SG0505051]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505052]
二十一、風大
瑠璃光法王子が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
瑠璃光法王子即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0505053]
「恒河沙数の劫の前に無量声とおっしゃる如来様が御在世になり、広く菩薩たちにこのようにお教えになりました。
「我憶往昔經恒沙劫,有佛出世名無量聲,開示菩薩[SG0505054]
『覚性が本来妙明であり、世界と衆生はすべて風の力に回転されているものにすぎない。』
本覺妙明,觀此世界及眾生身、皆是妄緣風力所轉,[SG0505055]
その時、私は世界の動態、そして身心の動きを観察し、すべての運動の性は不二で、平等で、区別がないことを悟りました。
我於爾時觀界安立,觀世動時、觀身動止、觀心動念、諸動無二,等無差別。[SG0505056]
また、この運動の性は往来する起点と終点がなく、十方の微塵数の衆生は皆虚妄である。
我時了覺,此群動性,來無所從,去無所至;十方微塵顛倒眾生,同一虛妄。[SG0505057]
そして、三千大千世界において、一つの世界の衆生は、まるで一つの器に閉じ込められた百匹の蚊が、狭い空間でぶんぶんと鳴いて、騒いでいるようなものです。
如是乃至三千大千一世界內,所有眾生,如一器中貯百蚊蚋啾啾亂鳴,於分寸中鼓發狂鬧。[SG0505058]
無量声如来様にお会いした後、やがて無生法忍を悟り、心が開きました。
逢佛未幾,得無生忍;爾時心開,[SG0505059]
その後、私は東方の不動如来様の国土におって法王子として十方の如来様に仕えました。
乃見東方不動佛國,為法王子,事十方佛。[SG0505060]
身心は発光し、瑠璃のように澄んでおります。
身心發光,洞徹無礙。[SG0505061]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505062]
私は、風の力が依る所のないことを観察し、心の真性を悟り、三摩地に入ることができ、
我以觀察風力無依,悟菩提心,入三摩地,[SG0505063]
十方世界の如来様の伝承される唯一の妙なる真心に合致しました。
合十方佛,傳一妙心,[SG0505064]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505065]
二十二、空大
虚空蔵菩薩が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
虛空藏菩薩即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0505066]
「かつて、世尊様と共に定光如来(燃灯仏)様に従って修行し、その時、私は無辺の身(虚空の身)を修得しました。
「我與如來定光佛所,得無邊身。[SG0505067]
私は四大の宝珠(四大の本質が空であるという悟り)を手にし、十方の微塵数のご仏土を照らして(見て)すべてを虚空に変化させることができます(すべては空であると見極める)。
爾時手執四大寶珠,照明十方微塵佛剎化成虛空。[SG0505068]
また、私は心の中に大円鏡を現し、十種の妙なる宝光を鏡の中に収め、宝光は十方の虚空の果てまで行き渡ります。
又於自心現大圓鏡,內放十種微妙寶光,流灌十方盡虛空際,[SG0505069]
物が鏡に映るように、諸如来様のご国土が私の身の中に現れ、身は虚空と同じく、国土を妨げることはありません。
諸幢王剎來入鏡內,涉入我身,身同虛空不相妨礙。[SG0505070]
身は自由に微塵数の国土に入り、広く仏事(衆生を済度すること)を行うことができます。
身能善入微塵國土,廣行佛事,得大隨順。[SG0505071]
この大いなる神力は、『四大は依る所なく、妄想によって生滅し、そして虚空は唯一であり、諸仏国は本来平等である』と悟って得たものです。
此大神力,由我諦觀四大無依,妄想生滅,虛空無二,佛國本同。[SG0505072]
この同一の理を悟り、真心の性が現れ、私は無生法忍を悟りました。
於同發明,得無生忍。[SG0505073]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505074]
私は果てのない虚空の性を観察して三摩地に入り、神力が円明になりました。
我以觀察虛空無邊入三摩地,妙力圓明,[SG0505075]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505076]
二十三、識大
弥勒菩薩が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
彌勒菩薩即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0505077]
「微塵数の劫の前に日月灯明とおっしゃる如来様が御在世になった時、私は日月灯明如来様のもとで出家しました。
「我憶往昔經微塵劫,有佛出世名日月燈明,我從彼佛而得出家。[SG0505078]
当時の私は名利の心が強く、貴族との交際を好んでおりました。
心重世名,好遊族姓。[SG0505079]
そこで、如来様は私に『唯心識定』を教授してくださり、そちらの法門によって三摩地に入ることができました。
爾時,世尊教我修習唯心識定,入三摩地。[SG0505080]
無数の劫以来、私はその三昧の力をもって心を制御し、そして恒河沙数の如来様に仕えた後、ついに名利の心は消え去りました。
歷劫已來,以此三昧事恒沙佛,求世名心歇滅無有。[SG0505081]
その後、燃灯如来様が御在世になった時、私はついに『無上妙円識心三昧』を習得し、
至然燈佛出現於世,我乃得成無上妙圓識心三昧;[SG0505082]
虚空にあるすべての国土は、清浄であれ不清浄であれ、すべて心の変化から現れたものであると悟りました。
乃至盡空如來國土,淨穢有無,皆是我心變化所現。[SG0505083]
世尊様。すべては心・識以外の何ものでもなく、如来という名も識によって生じる名の相です。
世尊! 我了如是唯心識故,識性流出無量如來。[SG0505084]
いま、私は世尊様から『次の仏となる者』というご授記を賜りました。
今得授記,次補佛處。[SG0505085]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505086]
私は『すべてが唯識である』と観察し、心が円明となり、
我以諦觀十方唯識,識心圓明[SG0505087]
依他起性(縁に依って起こした知覚)及び遍計所執性(知覚の対象に執著して起こした妄想)を離れて円成実性(円満・成就・真実の性)に入り、そして、無生法忍を悟りました。
入圓成實,遠離依他及遍計執,得無生忍,[SG0505088]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505089]
二十四、見大
大勢至法王子と同行する五十二人の菩薩が席から立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
大勢至法王子與其同倫五十二菩薩,即從座起,頂禮佛足而白佛言:[SG0505090]
「恒河沙数の劫の前に無量光とおっしゃる如来様が御在世になり、
「我憶往昔恒河沙劫,有佛出世名無量光,[SG0505091]
その後、一劫の間に十二人の如来様が相次いで御在世になり、
十二如來相繼一劫,[SG0505092]
その最後の如来様は超日月光とおっしゃいます。
其最後佛名超日月光。[SG0505093]
超日月光如来様は私に念仏三昧を教えてくださいました。
彼佛教我念佛三昧:[SG0505094]
たとえば、二人のうち一人はいつも相手に会いたいと思っています。しかし、相手はこの人のことを忘れています。
『譬如有人,一專為憶,一人專忘,[SG0505095]
そして、この二人は出会っても、出会っていないに等しいです。
如是二人若逢不逢,或見非見。[SG0505096]
しかし、もし二人が互いに深く会いたいならば、影が形に添うように、二人は世々において一緒にいるのです。
二人相憶,二憶念深,如是乃至從生至生,同於形影不相乖異。[SG0505097]
十方の如来様が衆生を憐れむのは、母が子を気にかけるようなものです。
十方如來憐念眾生,如母憶子,[SG0505098]
もし子が母を見捨てて逃げ去れば、母がいかに気にかけても子は帰りません。
若子逃逝,雖憶何為! [SG0505099]
しかし、もし母子が互いを深く気にかければ、世々において遠ざかることはありません。
子若憶母如母憶時,母子歷生不相違遠。[SG0505100]
もし衆生が常に如来様を思い、念仏を唱えるなら、現世あるいは未来の世において、必ず如来様にお目にかかることはできます。
若眾生心憶佛念佛,現前當來必定見佛、[SG0505101]
如来様のそばにいれば、自然に悟りを開くことができるでしょう。
去佛不遠,不假方便自得心開。[SG0505102]
これは香木を焚く者の身が必ず香っているようなものです。この法門は『香光荘厳』と呼ばれます。
如染香人,身有香氣,此則名曰香光莊嚴。』[SG0505103]
私は因地で念仏の法門によって無生法忍を悟りました。
我本因地,以念佛心入無生忍。[SG0505104]
いまこの世界で念仏三昧を成就した人々を導き、浄土に往生させます。
今於此界,攝念佛人歸於淨土。[SG0505105]
世尊様が円通の法門をお尋ねになるなら、
佛問圓通,[SG0505106]
六根の働きをすべて念仏に集中し、これをもって三摩地に入ります。
我無選擇,都攝六根,淨念相繼得三摩地,[SG0505107]
これが最もすぐれた円通の法門であると存じます。」
斯為第一!」[SG0505108]
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