【楞厳経】巻四
発心の二つの根本
アーナンダと会衆はお釈迦様の教えを聴き、疑惑が晴れ、実相を悟り、身心が爽やかになり、未曾有の喜びでいっぱいでした。
阿難及諸大眾,聞佛示誨,疑惑銷除,心悟實相;身意輕安得未曾有! [SG0404001]
アーナンダは再び悲しげに泣き、お釈迦様に頂礼してからひざまずいて合掌し、お釈迦様に言いました。
重復悲淚,頂禮佛足,長跪合掌而白佛言:[SG0404002]
「無上の大慈悲が備わっている清浄な宝王よ、私たちの心を善くお開きになります。
「無上大悲清淨寶王善開我心! [SG0404003]
さまざまな因縁と方便(状況に応じて目的を達する手段)によって堕落した衆生をお導きになり、皆を苦海から救い出してくださいます。
能以如是種種因緣方便提獎,引諸沈冥出於苦海。[SG0404004]
世尊様! 私は世尊様のご法音を拝聴し、
世尊! 我今雖承如是法音,[SG0404005]
如来蔵の妙明な正覚の心は十方の世界に遍在し、十方の如来様のご国土・ご報身・ご応身、及び十方の世界をすべて内蔵していることを承知しました。
知如來藏妙覺明心遍十方界,含育如來十方國土、清淨寶嚴妙覺王剎;[SG0404006]
また、世尊様は、『多聞は実際の修行に及びません』と私をお責めになりました。
如來復責,多聞無功,不逮修習。[SG0404007]
いまの私は、まるで旅人が急に王から立派な屋敷を賜ったようなものです。
我今猶如旅泊之人,忽蒙天王賜以華屋。[SG0404008]
大宅を入手しても、門から入らなければなりません。
雖獲大宅,要因門入,[SG0404009]
世尊様、どうかご慈悲を!
唯願如來不捨大悲,[SG0404010]
この大会にいる暗闇に迷い込んだ者に、『小乗を捨て、本心を起こし、如来の無余涅槃(生死の根源が残らない涅槃)に達する』道をお示しください。
示我在會諸蒙暗者捐捨小乘,畢獲如來無餘涅槃,本發心路! [SG0404011]
また、有学の者に、どのように攀縁心を断ち切り、総持(善法を忘れず、悪法を起こさない境地)に達し、如来の知見へ入るのかをお教えください。」
令有學者,從何攝伏疇昔攀緣,得陀羅尼,入佛知見?」[SG0404012]
そう言い終えると、アーナンダはお釈迦様に五体投地をし、会衆と共に一心にお釈迦様の教えを待ちました。
作是語已,五體投地。在會一心,佇佛慈旨。[SG0404013]
その時、大会にいる縁覚や声聞は、菩提心がなお自在ありませんでした。お釈迦様はそれを憐れみ、
爾時,世尊哀愍會中緣覺、聲聞於菩提心未自在者,[SG0404014]
また、如来が入滅(涅槃に入ること)した後の末法の世(仏法が衰える時代。すなわちいまの時代)の発心した衆生に無上の修行の道を示すために、アーナンダと会衆に告げました。
及為當來佛滅度後末法眾生發菩提心,開無上乘妙修行路。宣示阿難及諸大眾:[SG0404015]
「お前たちが疲れを知らずに如来のすぐれた三摩地を修めようと発心するだろう?
「汝等決定發菩提心,於佛如來妙三摩提不生疲惓,[SG0404016]
まずこの発心の二つの根本を理解すべきだ。この二つの根本とは何だろうか?
應當先明發覺初心二決定義。云何初心二義決定? [SG0404017]
アーナンダよ! 第一の根本について、
阿難! 第一義者,[SG0404018]
もしお前たちが声聞乗を捨て、菩薩乗を修め、如来の知見に入ろうと発心するなら、
汝等若欲捐捨聲聞,修菩薩乘,入佛知見,[SG0404019]
まず因地(仏となるための修行の段階)の心と果地(仏となったという結果の段階)の正覚の心は同じ心かどうかよく見極めるべきだ。
應當審觀因地發心,與果地覺為同、為異? [SG0404020]
アーナンダよ! もし因地で生滅の心を抱いて如来の不生不滅の正覚を求めるならば、それは決して成就しない。
阿難! 若於因地,以生滅心為本修因,而求佛乘不生不滅,無有是處。[SG0404021]
よく観察しなさい。世間のすべての作れるものは必ず変化し、消滅し、不壊ではない。しかし、虚空は壊れることがない。
以是義故,汝當照明諸器世間可作之法,皆從變滅。阿難! 汝觀世間可作之法,誰為不壞? 然終不聞爛壞虛空。[SG0404022]
なぜなら、虚空は作れるものではないゆえに始終壊れることがないのだ。
何以故? 空非可作,由是始終無壞滅故。[SG0404023]
一方、お前の身において、堅い質は地大、湿潤の性は水大、熱の性は火大、動揺の性は風大に属する。
則汝身中堅相為地,潤濕為水,煖觸為火,動搖為風。[SG0404024]
四大に絡み付かれているゆえ、円妙(円満・精妙)で、清明な知覚は六根の働きに分かれ、始終五重の濁りに覆われているのだ。
由此四纏,分汝湛圓妙覺明心為視、為聽、為覺、為察,從始入終,五疊渾濁。[SG0404025]
では、濁りとは何だろうか? アーナンダよ!
云何為濁? 阿難! [SG0404026]
たとえば、浄水の性質は清浄であり、一方、塵・土・灰・砂は留礙(残留と障り)の性質を持つ。二つの性質はまったく異なる。
譬如清水清潔本然;即彼塵土灰沙之倫,本質留礙,二體法爾,性不相循。[SG0404027]
そこで、ある人が土砂を浄水に撒けば、土砂は留礙の性質を失い、同時に水は清浄の性質を失う。その状態を濁りと呼ぶ。
有世間人,取彼土塵投於淨水,土失留礙,水亡清潔,容貌汩然,名之為濁。[SG0404028]
五重の濁りが真心を覆うことも同様だ。
汝濁五重,亦復如是。[SG0404029]
アーナンダよ! 虚空が十方に遍満し、虚空を見る時、虚空と見は分かれるものではない。
阿難! 汝見虛空遍十方界,空見不分。[SG0404030]
虚空はあるように見えるが、実は存在しない。
有空無體,[SG0404031]
見は起こったが、実は見自身は知覚を持っていない。
有見無覺,[SG0404032]
見と虚空がこのように混合し、これは劫濁と称される第一重の濁りである。
相織妄成;是第一重名為劫濁。[SG0404033]
見・聞・覚・知の心は地・水・火・風を集めて自分の身と見なす。
汝身現摶四大為體,見、聞、覺、知壅令留礙,[SG0404034]
逆に四大の身を見・聞・覚・知を起こす主体と思い込む。
水、火、風、土旋令覺知,[SG0404035]
見・聞・覚・知と四大がこのように混合し、これは見濁と称される第二重の濁りである。
相織妄成;是第二重名為見濁。[SG0404036]
また、思う時、心には塵境の相が現れる。
又汝心中憶識誦習,性發知見,容現六塵,[SG0404037]
塵境がなければ思いには何もない。
離塵無相,[SG0404038]
知覚を離れれば思いは自性を持っていない。
離覺無性,[SG0404039]
知覚と塵境がこのように混合し、これは煩悩濁と称される第三重の濁りである。
相織妄成;是第三重名煩惱濁。[SG0404040]
また、心(偽りの心)は昼夜を問わず生滅し止まない。
又汝朝夕生滅不停,[SG0404041]
常に知見を起こして業を作り、そして、報いを受け、いろいろなところへ押し進められる。
知見每欲留於世間,業運每常遷於國土,[SG0404042]
心と業がこのように混合し、これは衆生濁と称される第四重の濁りである。
相織妄成;是第四重名眾生濁。[SG0404043]
本来同一の見・聞・覚・知の性は六塵に隔てられることで分かれた。
汝等見聞元無異性,眾塵隔越,無狀異生,[SG0404044]
本質においては互いに通じているのに、しかし機能が分断された。
性中相知,用中相背,[SG0404045]
そのため、同じものとも異なるものとも言えない。
同異失準,[SG0404046]
同と異がこのように混合し、これは命濁と称される第五重の濁りである。
相織妄成;是第五重名為命濁。[SG0404047]
アーナンダよ! もしお前が見・聞・覚・知の性を如来の常(常住)・楽(安楽)・我(自在)・浄(清浄)の真性に合致させようと願うなら、
阿難! 汝今欲令見、聞、覺、知遠契如來常、樂、我、淨,[SG0404048]
まず生死の因を断ち切り、不生不滅の円満で、湛然な本性に従い、生滅する偽りの心を転じて元の覚性に戻すべきだ。
應當先擇死生根本,依不生滅圓湛性成,以湛旋其虛妄滅生,伏還元覺,[SG0404049]
因地ではこの本来生滅しない清明な本覚の心を抱いて果地の正覚を成就しよう。
得元明覺無生滅性,為因地心;然後圓成果地修證。[SG0404050]
たとえば、濁った水を清浄な器に入れておく。やがて土砂は自然に沈み、水は清くなる。
如澄濁水貯於淨器,靜深不動,沙土自沈,清水現前,[SG0404051]
これは客塵煩悩を鎮めたという初期の段階である。
名為初伏客塵煩惱。[SG0404052]
さらに土砂を取り去り、水が純粋になり、
去泥純水,[SG0404053]
これは無明の根源を永遠に断ち切った境地である。
名為永斷根本無明。[SG0404054]
心は清明で、純粋で、どんな変化が出現しても動かず、これこそが、涅槃の清浄な妙徳である。
明相精純,一切變現不為煩惱,皆合涅槃清淨妙德。[SG0404055]
第二の根本について、
第二義者,[SG0404056]
お前たちが菩提心を発し、大勇猛な心を起こして菩薩乗を修め、あらゆる有為の相を捨て去ろうとするならば、まず煩悩の根本を深く洞察しなければならない。
汝等必欲發菩提心,於菩薩乘生大勇猛,決定棄捐諸有為相,應當審詳煩惱根本。[SG0404057]
いったい誰が無始から業を作り、生死輪廻の報いを受けているのか?
此無始來發業潤生,誰作誰受? [SG0404058]
アーナンダよ! お前が菩提の道を修めるにあたり、もし煩悩の根本を知らなければ、根・塵の虚妄の本質を知ることはできない。
阿難! 汝修菩提,若不審觀煩惱根本,則不能知虛妄根塵何處顛倒? [SG0404059]
それさえ知らずに、どうやって煩悩を断ち切り、如来の境地に達することができようか?
處尚不知,云何降伏取如來位? [SG0404060]
アーナンダよ! 世間の人々が結びを解く時、結び目の所在を知らなければ、解くことはできない。
阿難! 汝觀世間解結之人,不見所結,云何知解? [SG0404061]
なぜ虚空を裂くことはありえないのか? 虚空は形・相がないからだ。もちろん結ぶことも解くこともない。
不聞虛空被汝隳裂。何以故? 空無相形,無結、解故。[SG0404062]
お前の眼・耳・鼻・舌・身・意は盗賊のように、お前自身の財宝(妙明な真心)を奪い去る。
則汝現前眼、耳、鼻、舌、及與身、心,六為賊媒,自劫家寶;[SG0404063]
それゆえ、衆生と世界は無始以来互いに絡み合い、衆生は有形の世界から解放されることができないのだ。
由此無始眾生世界生纏縛故,於器世間不能超越。[SG0404064]
アーナンダよ! 世界とは何を意味するのか?
阿難! 云何名為眾生世界? [SG0404065]
世とは時間の流れであり、界とは方角である。
世為遷流,界為方位。[SG0404066]
聴きなさい、東・西・南・北・東南・西南・東北・西北、そして上・下が界であり、
汝今當知東、西、南、北、東南、西南、東北、西北、上、下為界,[SG0404067]
過去・未来・現在が世である。
過去、未來、現在為世;[SG0404068]
界では十の方角があり、世では三世がある。
方位有十,流數有三。[SG0404069]
世と界は互いに交錯して世界の変遷になる。
一切眾生織妄相成,身中貿遷,世界相涉。[SG0404070]
界では十の方角があるが、東・西・南・北の四方は明確であり、上・下と中間は絶対ではない。
而此界性設雖十方定位可明,世間秖目東、西、南、北;上、下無位,中無定方。[SG0404071]
四方が明確であり、この四の数に三世の数をかけ、つまり、三四または四三が十二になる。
四數必明,與世相涉;三四、四三,宛轉十二;[SG0404072]
さらに、この十二を三重(十・百・千)に倍増させ、その結果、六根はそれぞれ千二百の功徳があるのだ。
流變三疊,一、十、百、千。總括始終,六根之中,各各功德有千二百。[SG0404073]
Copyright © 2024- 天経閣. All rights reserved.