【楞厳経】巻四
虚妄の起因
プールナ:
富樓那言:[SG0403001]
「私の真心は世尊様の妙明で、清浄な宝覚の心と同じく円満であり、同一の心であります。
「我與如來寶覺圓明真妙淨心無二圓滿;[SG0403002]
しかし、私は無始から、ずっと妄想に惑わされ、久しく輪廻に陥ってまいりました。
而我昔遭無始妄想久在輪迴,[SG0403003]
いま、聖者の果位を獲得したとはいえ、まだ究極の境地に達しておりません。
今得聖乘猶未究竟;[SG0403004]
世尊様はすでにすべての虚妄をご滅却になり、常住の真性をお取り戻しになりました。
世尊諸妄一切圓滅,獨妙真常。[SG0403005]
質問させていただきます。
敢問如來,[SG0403006]
衆生の起こす虚妄は何に起因するのでしょうか?
一切眾生何因有妄,[SG0403007]
それゆえ、衆生は自分の妙明な真性を覆い、苦海の中で浮沈し続けています。」
自蔽妙明,受此淪溺?」[SG0403008]
お釈迦様:
佛告富樓那:[SG0403009]
「お前はまだ疑惑を晴らし尽くしていない。私は世間の事例を挙げてお前に問おう。
「汝雖除疑,餘惑未盡。吾以世間現前諸事,今復問汝,[SG0403010]
舎衛城にいる演若達多のことを聞いたことがあるか?
汝豈不聞室羅城中演若達多,[SG0403011]
ある朝、彼は鏡に自分の顔を映した。彼は鏡の中の顔が好きだった。
忽於晨朝以鏡照面,愛鏡中頭眉目可見,[SG0403012]
しかし彼は、『なぜ私は自分の顔が見えないのか』と怒り、頭を失ったと思い込み、発狂して走り回った。
瞋責己頭不見面目,以為魑魅,無狀狂走。[SG0403013]
どう思うか? なぜその人はにわかに発狂して走り回ったのか?」
於意云何? 此人何因無故狂走?」[SG0403014]
プールナ:
富樓那言:[SG0403015]
「その人は心が狂っただけで、他に理由はありません。」
「是人心狂,更無他故。」[SG0403016]
お釈迦様:
佛言:[SG0403017]
「本覚の心は本来円満で、妙明である。虚妄と呼ばれる以上、なぜ起因があるのか?
「妙覺明圓、本圓明妙,既稱為妄,云何有因? [SG0403018]
もし起因があるなら、それは虚妄と言えない。
若有所因,云何名妄? [SG0403019]
妄想は互いに因となり、微塵数の劫で累積してきた。
自諸妄想展轉相因,從迷積迷以歷塵劫;[SG0403020]
たとえ如来が教化を施しても、衆生は心を元に戻すことができない。
雖佛發明,猶不能返。[SG0403021]
迷いは自ら起こるもので、そもそも起因がない。
如是迷因,因迷自有。識迷無因,[SG0403022]
虚妄は依る所がない。そもそも生じることがないものを、いかにして滅却するというのか?
妄無所依;尚無有生,欲何為滅? [SG0403023]
正覚に達した者は、夢から覚めた人が夢の中のことを語るようなものだ。
得菩提者,如寤時人、說夢中事;[SG0403024]
心がいかに明晰でも、夢の中の物を取り出すことはありえない。ましてや、起因のない本来存在しないものを。
心縱精明,欲何因緣取夢中物? 況復無因本無所有。[SG0403025]
あの演若達多も同じだ。頭を失ったと思い込んだことに、何の原因があろうか?
如彼城中演若達多,豈有因緣自怖頭走? [SG0403026]
たとえ狂気が止んでも、頭を外から取り戻したわけではない。
忽然狂歇,頭非外得。[SG0403027]
たとえ狂気が続いても、頭を失ったわけではない。
縱未歇狂,亦何遺失? [SG0403028]
プールナよ! 虚妄の性はまさにそのようなものだ。なぜ起因があるのか?
富樓那! 妄性如是,因何為在? [SG0403029]
お前は世間・業力果報・衆生という三種の幻相に惑わされず、
汝但不隨分別世間、業果、眾生、三種相續,[SG0403030]
三縁(殺生・偸盗・淫欲)を断ち切れば、三因(世間・業力果報・衆生)が生じない。
三緣斷故,三因不生;[SG0403031]
心に潜んでいる演若達多の狂気の性は自然に止むであろう。
則汝心中演若達多狂性自歇。[SG0403032]
狂気が止むこと、それは菩提なのだ。
歇即菩提,[SG0403033]
妙明な真心は法界に遍在し、他人から得るものではない。
勝淨明心本周法界,不從人得;[SG0403034]
なぜ苦労して外に求める必要があろうか?
何藉劬勞肯綮修證? [SG0403035]
たとえば、ある人は自分の着物の裏に如意宝珠(意のままにさまさまな願いをかなえる宝)が縫い付けられていることを知らず、各地を流浪している。
譬如有人,於自衣中、繫如意珠,不自覺知,窮露他方,乞食馳走;[SG0403036]
貧しく暮らしているが、宝珠を失っていない。
雖實貧窮,珠不曾失,[SG0403037]
そして、ある賢者が如意宝珠の存在を知らせ、そのおかげでその人は大金持ちになった。
忽有智者指示其珠,所願從心,致大饒富,[SG0403038]
その時、彼はついに自分がいつも宝珠を持っていたことを知るのだ。」
方悟神珠非從外得。」[SG0403039]
その時、アーナンダは会衆の中で立ち上がり、お釈迦様に頂礼して言いました。
即時阿難在大眾中,頂禮佛足,起立白佛:[SG0403040]
「世尊様は先ほどこうおっしゃいました、
「世尊現說,[SG0403041]
『殺生・偸盗・淫欲という三縁を断ち切れば、三因は生じません。心に潜んでいる演若達多の狂気の性が自然に止みます。
殺、盜、婬業三緣斷故,三因不生;心中達多狂性自歇,[SG0403042]
狂気が止むことは菩提であり、妙明な真心は他人から得るものではありません』と。
歇即菩提,不從人得。[SG0403043]
この因縁の理は明白です。
斯則因緣皎然明白,[SG0403044]
それなのに、どうして先ほど世尊様は因縁の理をご否定になったのでしょうか?
云何如來頓棄因緣? [SG0403045]
私はまさに因縁の理によって悟りを開きました。
我從因緣心得開悟。[SG0403046]
世尊様。私のような若い有学(なお学習する必要があること)の声聞のみならず、
世尊! 此義何獨我等年少有學聲聞,[SG0403047]
ここにいるマウドガリヤーヤナ、シャーリプトラ、スブーティも、
今此會中大目犍連,及舍利弗、須菩提等,[SG0403048]
かつて世尊様から十二因縁の理を聞き、すぐ老梵志のもとを離れて世尊様に帰依し、その後悟りを開いて無漏の境地に達しました。
從老梵志,聞佛因緣,發心開悟得成無漏。[SG0403049]
いま世尊様は、『菩提は因縁によるものではありません』とおっしゃいます。
今說菩提不從因緣,[SG0403050]
もしそうであるなら、王舎城のマッカリなどの外道たちが説く自然の理が第一義となってしまいます。
則王舍城拘舍梨等所說自然,成第一義! [SG0403051]
どうかご慈悲を、私たちの疑惑をお晴らしください!」
唯垂大悲開發迷悶!」[SG0403052]
お釈迦様はアーナンダに言いました。
佛告阿難:[SG0403053]
「町の演若達多の例では、もし発狂の因縁がなければ、発狂しない本性が自然に表れる。
「即如城中演若達多,狂性因緣,若得滅除,則不狂性自然而出。[SG0403054]
狂気はこのように因縁と自然の理に従うというのか?
因緣、自然,理窮於是。[SG0403055]
アーナンダよ! 演若達多の頭は本来自然にそこにあり、失われたという不自然なことは決してない。
阿難! 演若達多頭本自然,本自其然,無然非自,[SG0403056]
ならば、いったい何の因縁によって彼は『頭を失った』と思い込み、発狂したのか?
何因緣故怖頭狂走? [SG0403057]
もし鏡を見るという因縁で自然に発狂するというなら、なぜその因縁で頭が自然に失われることはないのか?
若自然頭因緣故狂,何不自然因緣故失? [SG0403058]
そもそも彼は頭を失っておらず、にわかに恐怖に襲われて発狂しただけだ。
本頭不失,狂怖妄出,[SG0403059]
頭は何も変わっていないのに、いったい何の因縁が起こったというのか?
曾無變易,何藉因緣? [SG0403060]
もし狂気が本来自然に存在するならば、発狂していない時、その狂気はどこに潜伏しているのか?
本狂自然,本有狂怖,未狂之際狂何所潛? [SG0403061]
逆に、もし発狂していない状態が自然であるというなら、頭があるままなのに、なぜ演若達多はにわかに発狂して走り回ったのか?
不狂自然,頭本無妄,何為狂走? [SG0403062]
この例から分かるのは、演若達多はただ自ら発狂しただけだということであり、因縁も自然もすべては戯論である。
若悟本頭,識知狂走,因緣、自然俱為戲論。[SG0403063]
だから私は、『三縁を断ち切れば、菩提心は生じる』と言うのだ。
是故我言『三緣斷故即菩提心」,[SG0403064]
菩提心が生じれば、生滅する心(偽りの心)は消滅する。しかし、これもまた生滅である。
菩提心生,生滅心滅。此但生滅,[SG0403065]
すべての生滅が尽き果て、滅する必要はない。
滅生俱盡,無功用道。[SG0403066]
しかし、もしその状態が自然にあると思うなら、『自然の心は生じ、生滅する心は消滅する』ということになる。
若有自然,如是則明自然心生,生滅心滅,[SG0403067]
これもまた生滅である。
此亦生滅;[SG0403068]
そもそも生滅しないものが自然に存在すると言う。
無生滅者名為自然。[SG0403069]
世間のさまざまな相が混じり合って一体となることを和合と呼ぶ。
猶如世間諸相雜和成一體者,名和合性;[SG0403070]
和合しないものが本然に存在すると言う。
非和合者稱本然性。[SG0403071]
本然も非本然も離れ、和合も非和合も離れ、
本然非然,和合非合,合、然俱離,[SG0403072]
離れることでもなく、離れないことでもなく、
離、合俱非,[SG0403073]
これこそ無戯論の法である。
此句方名無戲論法。[SG0403074]
お前にとって、菩提や涅槃の境地はなお遥か遠い。
菩提涅槃尚在遙遠,[SG0403075]
どれほど多くの劫で一生懸命に修行しても、その境地に達することは難しい。
非汝歷劫辛勤修證,[SG0403076]
十方の如来が説く十二部経の妙理は恒河沙数の如く多く、お前はすべてを覚えたとしても、それは戯論を積み重ねるにすぎない。
雖復憶持十方如來十二部經清淨妙理如恒河沙,秖益戲論。[SG0403077]
お前は因縁・自然の理を語り、人々から『多聞第一』と称される。
汝雖談說因緣、自然決定明了,人間稱汝多聞第一,[SG0403078]
しかし、いくら多くの劫で仏法を聴いて修行しても、摩登伽女の難を免れることはできなかった。
以此積劫多聞薰習,不能免離摩登伽難。[SG0403079]
摩登伽女は、私の仏頂神呪を聞き、情欲の火が瞬時に消え、愛欲がすっかり枯れた。彼女は精進の弟子となり、阿那含(声聞乗の四果位中の第三位)の果位を獲得した。お前は私の神呪によって危難を免れたにすぎない。
何須待我佛頂神呪,摩登伽心婬火頓歇,得阿那含;於我法中成精進林,愛河乾枯,令汝解脫。[SG0403080]
だからアーナンダよ! お前は多くの劫をかけて如来の秘密の妙法を覚えるくらいなら、むしろ一日をかけて無漏の法を修め、世間の愛憎を遠ざけるほうがよいのだ。
是故阿難! 汝雖歷劫憶持如來祕密妙嚴,不如一日修無漏業,遠離世間憎、愛二苦。[SG0403081]
摩登伽女は多くの世で淫乱女であったが、神呪の力によって愛欲が尽き、いまは僧団で性比丘尼と呼ばれる。
如摩登伽宿為婬女,由神呪力銷其愛欲,法中今名性比丘尼。[SG0403082]
ラーフラ(羅睺羅。釈迦の息子)の母ヤショーダラー(耶輸陀羅。釈迦の出家前の正妃)と同じく過去世の因縁を思い出し、自分が愛欲に迷ったゆえに多くの世で苦しみを受けてきたと分かっている。
與羅睺羅母耶輸陀羅同悟宿因,知歷世因貪愛為苦,[SG0403083]
彼女たちは一念を起こして無漏の法を修めるゆえ、
一念薰修無漏善故,[SG0403084]
一人が愛欲の束縛から解放され、一人が如来から授記(未来世に仏となるのを保証すること)を得たのだ。
或得出纏,或蒙授記。[SG0403085]
なぜお前は自分を欺き、ただ仏法を聴くだけで満足するのか?」
如何自欺,尚留觀聽!」[SG0403086]
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