りょうごんきょう】巻四


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 > 3.虚妄の起因


 きょぼういん


プールナ:

富樓那言:[SG0403001]

「私の真心はそん様のみょうめいで、しょうじょうほうかくの心と同じくえんまんであり、同一の心であります。

「我與如來寶覺圓明真妙淨心無二圓滿;[SG0403002]

しかし、私はから、ずっともうそうに惑わされ、久しくりんおちいってまいりました。

而我昔遭無始妄想久在輪迴,[SG0403003]

いま、聖者のを獲得したとはいえ、まだ究極のきょうに達しておりません。

今得聖乘猶未究竟;[SG0403004]

そん様はすでにすべてのきょぼうをご滅却になり、じょうじゅうしんせいをお取り戻しになりました。

世尊諸妄一切圓滅,獨妙真常。[SG0403005]

質問させていただきます。

敢問如來,[SG0403006]

しゅじょうの起こすきょぼうは何にいんするのでしょうか?

一切眾生何因有妄,[SG0403007]

それゆえ、しゅじょうは自分のみょうめいしんせいを覆い、かいの中で浮沈し続けています。」

自蔽妙明,受此淪溺?」[SG0403008]


シャ様:

佛告富樓那:[SG0403009]

「お前はまだわくを晴らし尽くしていない。私は世間の事例を挙げてお前に問おう。

「汝雖除疑,餘惑未盡。吾以世間現前諸事,今復問汝,[SG0403010]

シャエイジョウにいるエンニャダッのことを聞いたことがあるか?

汝豈不聞室羅城中演若達多,[SG0403011]

ある朝、彼は鏡に自分の顔を映した。彼は鏡の中の顔が好きだった。

忽於晨朝以鏡照面,愛鏡中頭眉目可見,[SG0403012]

しかし彼は、『なぜ私は自分の顔が見えないのか』と怒り、頭を失ったと思い込み、発狂して走り回った。

瞋責己頭不見面目,以為魑魅,無狀狂走。[SG0403013]

どう思うか? なぜその人はにわかに発狂して走り回ったのか?」

於意云何? 此人何因無故狂走?」[SG0403014]


プールナ:

富樓那言:[SG0403015]

「その人は心が狂っただけで、他に理由はありません。」

「是人心狂,更無他故。」[SG0403016]


シャ様:

佛言:[SG0403017]

ほんがくの心はほんらいえんまんで、みょうめいである。きょぼうと呼ばれる以上、なぜいんがあるのか?

「妙覺明圓、本圓明妙,既稱為妄,云何有因? [SG0403018]

もしいんがあるなら、それはきょぼうと言えない。

若有所因,云何名妄? [SG0403019]

もうそうは互いに因となり、じんすうの劫で累積してきた。

自諸妄想展轉相因,從迷積迷以歷塵劫;[SG0403020]

たとえにょらいきょうを施しても、しゅじょうは心を元に戻すことができない。

雖佛發明,猶不能返。[SG0403021]

迷いは自ら起こるもので、そもそもいんがない。

如是迷因,因迷自有。識迷無因,[SG0403022]

きょぼうは依る所がない。そもそも生じることがないものを、いかにして滅却するというのか?

妄無所依;尚無有生,欲何為滅? [SG0403023]

しょうがくに達した者は、夢から覚めた人が夢の中のことを語るようなものだ。

得菩提者,如寤時人、說夢中事;[SG0403024]

心がいかに明晰でも、夢の中の物を取り出すことはありえない。ましてや、いんのないほんらい存在しないものを。

心縱精明,欲何因緣取夢中物? 況復無因本無所有。[SG0403025]

あのエンニャダッも同じだ。頭を失ったと思い込んだことに、何の原因があろうか?

如彼城中演若達多,豈有因緣自怖頭走? [SG0403026]

たとえ狂気が止んでも、頭を外から取り戻したわけではない。

忽然狂歇,頭非外得。[SG0403027]

たとえ狂気が続いても、頭を失ったわけではない。

縱未歇狂,亦何遺失? [SG0403028]


プールナよ! きょぼうの性はまさにそのようなものだ。なぜいんがあるのか?

富樓那! 妄性如是,因何為在? [SG0403029]

お前は世間・業力ほうしゅじょうという三種の幻相に惑わされず、

汝但不隨分別世間、業果、眾生、三種相續,[SG0403030]

三縁(せっしょうちゅうとういんよく)を断ち切れば、三因(世間・業力ほうしゅじょう)が生じない。

三緣斷故,三因不生;[SG0403031]

心に潜んでいるエンニャダッの狂気の性は自然に止むであろう。

則汝心中演若達多狂性自歇。[SG0403032]

狂気が止むこと、それはだいなのだ。

歇即菩提,[SG0403033]

みょうめいな真心はほうかいに遍在し、他人から得るものではない。

勝淨明心本周法界,不從人得;[SG0403034]

なぜ苦労して外に求める必要があろうか?

何藉劬勞肯綮修證? [SG0403035]


たとえば、ある人は自分の着物の裏にょいほうじゅ(意のままにさまさまな願いをかなえる宝)が縫い付けられていることを知らず、各地を流浪している。

譬如有人,於自衣中、繫如意珠,不自覺知,窮露他方,乞食馳走;[SG0403036]

貧しく暮らしているが、宝珠を失っていない。

雖實貧窮,珠不曾失,[SG0403037]

そして、ある賢者がょいほうじゅの存在を知らせ、そのおかげでその人は大金持ちになった。

忽有智者指示其珠,所願從心,致大饒富,[SG0403038]

その時、彼はついに自分がいつも宝珠を持っていたことを知るのだ。」

方悟神珠非從外得。」[SG0403039]


その時、アーナンダは会衆の中で立ち上がり、おシャ様にちょうらいして言いました。

即時阿難在大眾中,頂禮佛足,起立白佛:[SG0403040]

そん様は先ほどこうおっしゃいました、

「世尊現說,[SG0403041]

せっしょうちゅうとういんよくという三縁を断ち切れば、三因は生じません。心に潜んでいるエンニャダッの狂気の性が自然に止みます。

殺、盜、婬業三緣斷故,三因不生;心中達多狂性自歇,[SG0403042]

狂気が止むことはだいであり、みょうめいな真心は他人から得るものではありません』と。

歇即菩提,不從人得。[SG0403043]

このいんねんの理は明白です。

斯則因緣皎然明白,[SG0403044]

それなのに、どうして先ほどそん様はいんねんの理をご否定になったのでしょうか?

云何如來頓棄因緣? [SG0403045]

私はまさにいんねんの理によって悟りを開きました。

我從因緣心得開悟。[SG0403046]


そん様。私のような若いがく(なお学習する必要があること)のしょうもんのみならず、

世尊! 此義何獨我等年少有學聲聞,[SG0403047]

ここにいるマウドガリヤーヤナ、シャーリプトラ、スブーティも、

今此會中大目犍連,及舍利弗、須菩提等,[SG0403048]

かつてそん様から十二いんねんの理を聞き、すぐ老ぼんのもとをはな そん様に帰依し、その後悟りを開いてきょうに達しました。

從老梵志,聞佛因緣,發心開悟得成無漏。[SG0403049]

いまそん様は、『だいいんねんによるものではありません』とおっしゃいます。

今說菩提不從因緣,[SG0403050]

もしそうであるなら、おうしゃじょうのマッカリなどのどうたちが説く自然の理がいちとなってしまいます。

則王舍城拘舍梨等所說自然,成第一義! [SG0403051]

どうかごを、私たちのわくをお晴らしください!」

唯垂大悲開發迷悶!」[SG0403052]


シャ様はアーナンダに言いました。

佛告阿難:[SG0403053]

「町のエンニャダッの例では、もし発狂のいんねんがなければ、発狂しないほんしょうが自然に表れる。

「即如城中演若達多,狂性因緣,若得滅除,則不狂性自然而出。[SG0403054]

狂気はこのようにいんねんと自然の理に従うというのか?

因緣、自然,理窮於是。[SG0403055]

アーナンダよ! エンニャダッの頭はほんらい自然にそこにあり、失われたという不自然なことは決してない。

阿難! 演若達多頭本自然,本自其然,無然非自,[SG0403056]

ならば、いったい何のいんねんによって彼は『頭を失った』と思い込み、発狂したのか?

何因緣故怖頭狂走? [SG0403057]

もし鏡を見るといういんねんで自然に発狂するというなら、なぜそのいんねんで頭が自然に失われることはないのか?

若自然頭因緣故狂,何不自然因緣故失? [SG0403058]

そもそも彼は頭を失っておらず、にわかにおそ怖に襲われて発狂しただけだ。

本頭不失,狂怖妄出,[SG0403059]

頭は何も変わっていないのに、いったい何のいんねんが起こったというのか?

曾無變易,何藉因緣? [SG0403060]

もし狂気がほんらい自然に存在するならば、発狂していない時、その狂気はどこに潜伏しているのか?

本狂自然,本有狂怖,未狂之際狂何所潛? [SG0403061]

逆に、もし発狂していないじょうたいが自然であるというなら、頭があるままなのに、なぜエンニャダッはにわかに発狂して走り回ったのか?

不狂自然,頭本無妄,何為狂走? [SG0403062]

この例から分かるのは、エンニャダッはただ自ら発狂しただけだということであり、いんねんも自然もすべてはけろである。

若悟本頭,識知狂走,因緣、自然俱為戲論。[SG0403063]

だから私は、『三縁を断ち切れば、だいしんは生じる』と言うのだ。

是故我言『三緣斷故即菩提心」,[SG0403064]


だいしんが生じれば、しょうめつする心(偽りの心)はしょうめつする。しかし、これもまたしょうめつである。

菩提心生,生滅心滅。此但生滅,[SG0403065]

すべてのしょうめつが尽き果て、滅する必要はない。

滅生俱盡,無功用道。[SG0403066]

しかし、もしそのじょうたいが自然にあると思うなら、『自然の心は生じ、しょうめつする心はしょうめつする』ということになる。

若有自然,如是則明自然心生,生滅心滅,[SG0403067]

これもまたしょうめつである。

此亦生滅;[SG0403068]

そもそもしょうめつしないものが自然に存在すると言う。

無生滅者名為自然。[SG0403069]

世間のさまざまな相が混じり合って一体となることをごうと呼ぶ。

猶如世間諸相雜和成一體者,名和合性;[SG0403070]

ごうしないものがほんぜんに存在すると言う。

非和合者稱本然性。[SG0403071]

ほんぜんも非ほんぜんはな ごうも非ごうはな

本然非然,和合非合,合、然俱離,[SG0403072]

はな ることでもなく、はな ないことでもなく、

離、合俱非,[SG0403073]

これこそ無けろの法である。

此句方名無戲論法。[SG0403074]


お前にとって、だいはんきょうはなお遥か遠い。

菩提涅槃尚在遙遠,[SG0403075]

どれほど多くの劫で一生懸命に修行しても、そのきょうに達することは難しい。

非汝歷劫辛勤修證,[SG0403076]

じっぽうにょらいが説く十二部経の妙理はごうしゃ数の如く多く、お前はすべてを覚えたとしても、それはけろを積み重ねるにすぎない。

雖復憶持十方如來十二部經清淨妙理如恒河沙,秖益戲論。[SG0403077]

お前はいんねん・自然の理を語り、人々から『もん第一』と称される。

汝雖談說因緣、自然決定明了,人間稱汝多聞第一,[SG0403078]

しかし、いくら多くの劫で仏法を聴いて修行しても、マータン女の難を免れることはできなかった。

以此積劫多聞薰習,不能免離摩登伽難。[SG0403079]

マータン女は、私のぶっちょうしんじゅを聞き、じょうよくの火が瞬時に消え、愛欲がすっかり枯れた。彼女はしょうじんの弟子となり、ゴンしょうもんじょう位中の第三位)のを獲得した。お前は私のしんじゅによって危難を免れたにすぎない。

何須待我佛頂神呪,摩登伽心婬火頓歇,得阿那含;於我法中成精進林,愛河乾枯,令汝解脫。[SG0403080]

だからアーナンダよ! お前は多くの劫をかけてにょらいの秘密のみょうほうを覚えるくらいなら、むしろ一日をかけての法を修め、世間のあいぞうを遠ざけるほうがよいのだ。

是故阿難! 汝雖歷劫憶持如來祕密妙嚴,不如一日修無漏業,遠離世間憎、愛二苦。[SG0403081]


マータン女は多くの世で淫乱女であったが、しんじゅの力によって愛欲が尽き、いまはそうだんしょうと呼ばれる。

如摩登伽宿為婬女,由神呪力銷其愛欲,法中今名性比丘尼。[SG0403082]

ラーフラ(羅睺羅。シャの息子)の母ヤショーダラー(耶輸陀羅。シャしゅっ前の正妃)と同じく過去世のいんねんを思い出し、自分が愛欲に迷ったゆえに多くの世で苦しみを受けてきたと分かっている。

與羅睺羅母耶輸陀羅同悟宿因,知歷世因貪愛為苦,[SG0403083]

彼女たちは一念を起こしての法を修めるゆえ、

一念薰修無漏善故,[SG0403084]

一人が愛欲のそくばくから解放され、一人がにょらいからじゅ(未来世に仏となるのをしょうすること)を得たのだ。

或得出纏,或蒙授記。[SG0403085]

なぜお前は自分を欺き、ただ仏法を聴くだけで満足するのか?」

如何自欺,尚留觀聽!」[SG0403086]



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