【楞厳経】巻三
七大
アーナンダはお釈迦様に言いました。
阿難白佛言:[SG0304001]
「世尊様! 世尊様は常に因縁和合の理をお説きになり、
「世尊! 如來常說和合因緣,[SG0304002]
『世間のあらゆる変化はすべて四大(地大・水大・火大・風大)の和合によって起こる』とおっしゃいます。
一切世間種種變化,皆因四大和合發明。[SG0304003]
しかるにいま、どうして因縁・自然の理を否定なさるのでしょうか? 私はどちらが正しいか承知しません。
云何如來因緣、自然二俱排擯? 我今不知斯義所屬,[SG0304004]
どうかご慈悲を! 私たちに中道(一方に偏らない道)・了義(実相のとおりに説く完全な言論)・戯論なき法をお説きください!」
唯垂哀愍,開示眾生中道了義無戲論法!」[SG0304005]
その時、お釈迦様はアーナンダに言いました。
爾時,世尊告阿難言:[SG0304006]
「お前はすでに声聞や縁覚といった小乗(自分の解脱を目的とする教義)の法を厭い離れ、勤勉に無上の菩提を求める心を発した。
「汝先厭離聲聞、緣覺諸小乘法,發心勤求無上菩提,[SG0304007]
ゆえにいま、お前のために第一義を説くのだ。
故我今時為汝開示第一義諦;[SG0304008]
それなのに、なぜお前はまだ世間の戯論や妄想、因縁の論にとらわれているのか?
如何復將世間戲論、妄想因緣而自纏繞? [SG0304009]
お前は多くの仏法を聞いてきたが、それは薬草を語る者は実物を見分けられないようなことだ。だからお前がかわいそうだと言うのだ。
汝雖多聞,如說藥人,真藥現前不能分別,如來說為真可憐愍! [SG0304010]
よく聴きなさい! いま、お前に説明してやろう。
汝今諦聽! 吾當為汝分別開示;[SG0304011]
また、未来に大乗(自分だけの解脱を目的とせず、すべての衆生の解脱を願う教義)を修める者たちに実相を理解させるために。」
亦令當來修大乘者通達實相。」[SG0304012]
アーナンダは静まり、お釈迦様の教えに聴き入りました。
阿難默然,承佛聖旨。[SG0304013]
お釈迦様:
[SG0304014]
「アーナンダよ! お前の言うとおり、四大の和合によって世間のさまざまな変化は起こる。
「阿難! 如汝所言『四大和合發明世間種種變化』,[SG0304015]
アーナンダよ! もし四大が和合によって生じるものでないならば、四大が互いに混じり合うことはありえないはずだ。それは虚空が色と和合しえないのと同じである。
阿難! 若彼大性體非和合,則不能與諸大雜和,猶如虛空不和諸色。[SG0304016]
もし四大が和合によって生じるものであるならば、世間の変化と同じく、生じては滅び、滅びては生じ、回転する火輪のようにとまることがない。
若和合者,同於變化,始終相成,生滅相續,生死死生,生生死死,如旋火輪未有休息。[SG0304017]
アーナンダよ! 水は氷となり、氷は再び水に戻るようである。
阿難! 如水成氷,氷還成水。[SG0304018]
一、地大
アーナンダよ! 地大の性質をよく観察しなさい。
汝觀地性,[SG0304019]
大地は粗く、微塵は微細であり、隣虚塵(虚空に近似した極微な粒子)はさらに微細である。
麁為大地,細為微塵;至隣虛塵,[SG0304020]
この物質の最小限度に達した隣虚塵を七つに分ければ、虚空となる。
析彼極微色邊際相,七分所成;更析隣虛,即實空性。[SG0304021]
アーナンダよ! 聴きなさい! 隣虚塵を分けて虚空にすることができる。すなわち、色は虚空から成り立つものなのである。
阿難! 若此隣虛析成虛空,當知虛空出生色相。[SG0304022]
お前は、世間のあらゆる変化は四大の和合によって起こると言うが、では、一つの隣虚塵はいくつの虚空から成り立つものなの?
汝今問言『由和合故出生世間諸變化相』,汝且觀此一隣虛塵,用幾虛空和合而有? [SG0304023]
隣虚塵は隣虚塵と隣虚塵の和合によって成るもののはずがない。
不應隣虛合成隣虛。[SG0304024]
また、隣虚塵を分けて虚空にすると言うが、虚空はいくつの色塵の和合によって成り立つのか?
又隣虛塵析入空者,用幾色相合成虛空? [SG0304025]
色塵の和合によって成るものは決して虚空ではない。
若色合時,合色非空,[SG0304026]
虚空の和合によって成るものは決して色塵ではない。
若空合時,合空非色。[SG0304027]
色塵を分けることはできるが、虚空が和合することはない。
色猶可析,空云何合? [SG0304028]
お前はこの道理を知らない。如来蔵においては、色塵の真性は空の真性であり、空の真性は色塵の真性なのである(すべては真如である)。
汝元不知如來藏中性色真空、性空真色,[SG0304029]
地大の性は本来清浄であり、法界(一切の箇所)に遍満し、衆生の心に応じ、法則に基づき、業力によって現れるものである。
清淨本然周遍法界,隨眾生心,應所知量,循業發現,[SG0304030]
世間の人々は無知であり、地大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性;[SG0304031]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義! [SG0304032]
二、火大
アーナンダよ! 火大は実体がなく、諸条件によって生起するものにすぎない。
阿難! 火性無我,寄於諸緣。[SG0304033]
たとえば、町中の家々が炊事をしようとする時、陽燧(凹面銅鏡)を手にして太陽に向け、このように火を起こす。
汝觀城中未食之家,欲炊爨時,手執陽燧日前求火。[SG0304034]
アーナンダよ! 和合とは、私とお前たち千二百五十人の比丘が集まり、一つの集団となるようなものである。
阿難! 名和合者,如我與汝一千二百五十比丘今為一眾;[SG0304035]
一つの集団と言うが、私たちは別々に身を持ち、種姓に属する人である。
眾雖為一,詰其根本各各有身,皆有所生氏族名字。[SG0304036]
たとえば、シャーリプトラは婆羅門(インドの四種姓で最高位の司祭階級)の種姓に属し、
如舍利弗、婆羅門種,[SG0304037]
ウルヴェーラは迦葉波の氏族に属し、
優盧頻螺、迦葉波種,[SG0304038]
そしてお前アーナンダは瞿曇の氏族に属する。
乃至阿難、瞿曇種姓。[SG0304039]
アーナンダよ! もし火大が和合によって生起するものであれば、銅鏡を太陽に向けて火を起こす時、
阿難! 若此火性因和合有,彼手執鏡於日求火,[SG0304040]
その火は銅鏡から出るものか、
此火為從鏡中而出? [SG0304041]
艾(ヨモギの葉を干して臼でつき、綿状にした燃え草)から出るものか、
為從艾出? [SG0304042]
それとも太陽から来るものか?
為於日來? [SG0304043]
アーナンダよ! もし火が太陽から来るものであれば、艾だけでなく、樹林もまた炎上するはずだ。
阿難! 若日來者,自能燒汝手中之艾,來處林木皆應受焚? [SG0304044]
また、もし火が銅鏡から出て艾に移るものであれば、なぜ銅鏡自体は溶けることがないのか?
若鏡中出,自能於鏡出然于艾,鏡何不鎔? [SG0304045]
銅鏡は手を焼くこともないのに、なぜ火は銅鏡から出るものであると言えるのか?
紆汝手執尚無熱相,云何融泮? [SG0304046]
一方、もし火が艾から出るものであれば、銅鏡を太陽に向けて日光を集光する必要はないはずだ。
若生於艾,何藉日、鏡、光明相接,然後火生? [SG0304047]
よく観察しなさい。銅鏡は手にあり、太陽は空にあり、艾は地にある。火はいったいどこからどこへ移るのか?
汝又諦觀,鏡因手執,日從天來,艾本地生,火從何方遊歷於此? [SG0304048]
太陽と銅鏡は遥かに隔たっており、両者が和合することはない。
日、鏡相遠,非和非合,[SG0304049]
火は何の条件もなく自ら無から生起するはずがない。
不應火光無從自有。[SG0304050]
お前はこの道理を知らない。如来蔵においては、火の真性は空の真性であり、空の真性は火の真性なのである。
汝猶不知如來藏中性火真空、性空真火,[SG0304051]
火大の性は本来清浄であり、法界に遍満し、衆生の心に応じ、法則に基づくものである。
清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。[SG0304052]
アーナンダよ! 聴きなさい。
阿難當知,[SG0304053]
一人が銅鏡を持って光を集光すれば、火は一つの場所に起こる。
世人一處執鏡一處火生,[SG0304054]
全法界の人々が銅鏡を持って光を集光すれば、火は全世間に起こる。
遍法界執滿世間起,[SG0304055]
火は全世間に生起でき、それでは、火の性が存在しない場所はどこにあるのか? それは業力によって現れるものにすぎない。
起遍世間,寧有方所? 循業發現,[SG0304056]
世間の人々は無知であり、火大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性;[SG0304057]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義! [SG0304058]
三、水大
アーナンダよ、水は定まった形がなく、その流動と停滞の状態が永遠ではない。
阿難! 水性不定,流息無恒。[SG0304059]
たとえば、舎衛城の迦毘羅仙人、斫迦羅仙人及び鉢頭摩と訶薩多などの大幻術師たちは、太陰の精気(月のエキス)を採集して幻覚剤を調合する。
如室羅城迦毘羅仙、斫迦羅仙、及鉢頭摩、訶薩多等諸大幻師,求太陰精用和幻藥。[SG0304060]
彼らは白月(新月の一日から満月の十五日までの期間)の真夜中に、珠を手にして月に向け、このように月の水を採集する。
是諸師等,於白月晝,手執方諸,承月中水。[SG0304061]
では、月の水は珠から出るものか、
此水為復從珠中出? [SG0304062]
本来虚空にあるものか、
空中自有? [SG0304063]
それとも月から来るものか?
為從月來? [SG0304064]
もし月の水が月から来るものであれば、珠だけでなく、月光が当たる樹木からも水が湧き出るはずだ。
阿難! 若從月來,尚能遠方令珠出水,所經林木皆應吐流。[SG0304065]
もし樹木から水が出るならば、珠を用いる必要はないのだ。
流則何待方諸所出? [SG0304066]
逆に、もし樹木から水が出ないならば、水が月から来るという説は成り立たない。
不流明水非從月降。[SG0304067]
また、もし月の水が珠から出るものであれば、水が常に珠から流れ出ているはずだ。
若從珠出,則此珠中常應流水;[SG0304068]
なぜわざわざ白月の真夜中に月の水を採集するのか?
何待中宵承白月晝? [SG0304069]
一方、もし月の水が本来虚空にあるというなら、虚空は法界に遍満しているゆえ、水もまた一切の空間に満ちているはずだ。
若從空生,空性無邊,水當無際;[SG0304070]
そうなれば、人間界も天界も、どこも水没しているはずだ。なぜ水・陸・空という区別があるのか?
從人洎天,皆同滔溺,云何復有水、陸、空行? [SG0304071]
よく観察しなさい。月は空にあり、珠は手にあり、水盤は台の上にある。水はいったいどこからどこへ流れるのか?
汝更諦觀,月從天陟,珠因手持,承珠水盤本人敷設,水從何方流注於此? [SG0304072]
月と珠は遥かに隔たっており、両者が和合することはない。
月珠相遠,非和非合,[SG0304073]
月の水は何の条件もなく自ら無から生じるはずがない。
不應水精無從自有。[SG0304074]
お前はこの道理を知らない。如来蔵においては、水の真性は空の真性であり、空の真性は水の真性なのである。
汝尚不知如來藏中性水真空、性空真水,[SG0304075]
水の性は本来清浄であり、法界に遍満し、衆生の心に応じ、法則に基づくものである。
清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。[SG0304076]
一人が珠を持って月に向かっているならば、水は一つの場所から生じる。
一處執珠一處水出,[SG0304077]
全法界の人々が珠を持って月に向かっているならば、水は全世間から生じる。
遍法界執滿法界生,[SG0304078]
水は全世間から生じることができ、それでは、水の性が存在しない場所はどこにあるのか? それは業力によって現れるものにすぎない。
生滿世間,寧有方所? 循業發現,[SG0304079]
世間の人々は無知であり、水大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性;[SG0304080]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義! [SG0304081]
四、風大
アーナンダよ! 風は実体がなく、その流動と静止の状態が永遠ではない。
阿難! 風性無體,動靜不常。[SG0304082]
お前は常に服を整え、人の群れの中を歩く。手を振り動かす時微風は袈裟の袖から起こり、そばにいる人の顔に当たることがあるだろう。
汝常整衣入於大眾,僧伽梨角動及傍人,則有微風拂彼人面。[SG0304083]
では、その風は袈裟の袖から出るものか、
此風為復出袈裟角? [SG0304084]
虚空から起こるものか、
發於虛空? [SG0304085]
それともその人の顔から起こるものか?
生彼人面? [SG0304086]
アーナンダよ! もし風が袈裟の袖から出るものであれば、お前の身に風が纏わりつき、衣は常に浮かんで身を離れているはずだ。
阿難! 此風若復出袈裟角,汝乃披風;其衣飛搖,應離汝體! [SG0304087]
見なさい、いま私の服は垂れている。風はどこにあるのか? もしかすると衣服の中に風のとどまる所があるのか?
我今說法會中垂衣,汝看我衣風何所在? 不應衣中有藏風地。[SG0304088]
また、もし風が虚空から起こるものであれば、袖を振り動かしていない時、なぜ顔に当たる風はないのか?
若生虛空,汝衣不動,何因無拂? [SG0304089]
虚空の性は常に存在しているので風もまた常に吹いているはずだ。
空性常住,風應常生;[SG0304090]
そうであれば、風が止む時虚空は消滅するはずだ。
若無風時虛空當滅。[SG0304091]
風が止むことはあり、消滅した虚空はどんな様相なのか?
滅風可見,滅空何狀! [SG0304092]
生滅するものは決して虚空ではなく、なぜ虚空と称されるものは風を起こすことができるのか?
若有生滅,不名虛空;名為虛空,云何風出? [SG0304093]
一方、もし風が顔から起こるものであれば、その顔から起こった風はお前の顔に当たるはずだ。なぜお前が衣の袖を振り動かす時、風は逆にその人の顔に当たるのか?
若風自生彼拂之面,從彼面生,當應拂汝! 自汝整衣,云何倒拂? [SG0304094]
よく観察しなさい。袖を振り動かす者はお前であり、顔はそばにいる人のものであり、虚空は静まって動かない。
汝審諦觀,整衣在汝,面屬彼人,虛空寂然不參流動,[SG0304095]
では、風はいったいどこから吹いてくるのか?
風自誰方鼓動來此? [SG0304096]
風の性と虚空の性は完全に隔たっており、両者が和合することはできない。
風、空性隔,非和非合;[SG0304097]
風は何の条件もなく自ら無から起こるはずがない。
不應風性無從自有。[SG0304098]
お前はこの道理を知らない。如来蔵においては、風の真性は空の真性であり、空の真性は風の真性なのである。
汝宛不知如來藏中性風真空、性空真風,[SG0304099]
風の性は本来清浄であり、法界に遍満し、衆生の心に応じ、法則に基づくものである。
清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。[SG0304100]
アーナンダよ! 一人が衣の袖を振り動かせば、風は一つの場所から起こる。
阿難! 如汝一人微動服衣有微風出,[SG0304101]
全法界の人々が衣の袖を振り動かせば、風は全世間から起こる。
遍法界拂滿國土生,[SG0304102]
風は全世間から起こり、それでは、風の性が存在しない場所はどこにあるのか? それは業力によって現れるものにすぎない。
周遍世間,寧有方所? 循業發現,[SG0304103]
世間の人々は無知であり、風大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性;[SG0304104]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義! [SG0304105]
五、空大
アーナンダよ! 虚空は形体がなく、色塵との対比によってその存在が見える。
阿難! 空性無形,因色顯發。[SG0304106]
たとえば、川から遠く離れた舎衛城では、刹帝利(王族・武士)・婆羅門(僧侶・祭司)・毘舎(商人)・首陀羅(農民)・頗羅墮(職人)・旃陀羅(賤民)などが、新居を構える際、水源を得るために井戸を掘る。
如室羅城去河遙處,諸剎利種及婆羅門、毘舍、首陀,兼頗羅墮、旃陀羅等,新立安居,鑿井求水。[SG0304107]
一尺の土を掘り出せば、そこには一尺の虚空が出現し、
出土一尺,於中則有一尺虛空;[SG0304108]
一丈(十尺)の土を掘り出せば、そこには一丈の虚空が出現する。
如是乃至出土一丈,中間還得一丈虛空。[SG0304109]
虚空の大きさは掘り出された土の量に等しい。
虛空淺深,隨出多少。[SG0304110]
では、そこに虚空が出現する原因は何であろうか? 土が地から出たからか、
此空為當因土所出? [SG0304111]
掘るという行為によって出現するのか、
因鑿所有? [SG0304112]
それとも何の条件もなく自ら出現するのか?
無因自生? [SG0304113]
もしそこにある虚空が何の条件もなく自ら出現するというならば、なぜ土を掘り出す前、そこを通り抜けることができず、ただ大地しか見えなかったのか?
阿難! 若復此空無因自生,未鑿土前何不無礙? 唯見大地逈無通達。[SG0304114]
また、もし虚空が『土が出る』ことによってそこに出現するというならば、では、土が地から出る際、虚空がその穴に入り込むさまが見えるはずだ。
若因土出,則土出時應見空入。[SG0304115]
もし土が地から出る際、虚空がその穴に入り込むことがないというなら、なぜ虚空の出現は土が地から出ることに起因すると言うのか?
若土先出無空入者,云何虛空因土而出? [SG0304116]
もし虚空が地に出入りすることがないというならば、虚空と土は異なるものではないはずだ。
若無出入,則應空、土元無異因;[SG0304117]
もし両者が同一のものであるならば、土が地から掘り出される際、なぜ虚空は共に出てこないのか?
無異則同,則土出時空何不出? [SG0304118]
一方、もし虚空が『掘る』ことによってそこに出現するものであれば、掘り出したものは土ではなく、虚空のはずだ。
若因鑿出,則鑿出空,應非出土;[SG0304119]
逆に、もし虚空が「掘る」ことによって出るものではなければ、なぜ土を掘り出した後に虚空が見えるのか?
不因鑿出,鑿自出土,云何見空? [SG0304120]
お前はさらに綿密に観察し、深く考えなさい!
汝更審諦、諦審、諦觀,[SG0304121]
掘ることは手の動きに従い、土は地にある。では、虚空が出現する原因は何であろうか?
鑿從人手隨方運轉,土因地移,如是虛空因何所出? [SG0304122]
掘るという行為は実在し、しかし虚空は実在するものではない。両者は互いに作用し合うことも、和合することもできない。
鑿、空虛實不相為用,非和非合,[SG0304123]
また、虚空は何の条件もなく自ら出現するもののはずがない。
不應虛空無從自出。[SG0304124]
聴きなさい! 虚空の真性は円満で、不動で、法界に遍満している。
若此虛空性圓周遍本不動搖,[SG0304125]
虚空は地・火・水・風と共に五大と称され、その真性は円融(円満・融和)であり、如来蔵の妙用(不思議な働き)であって、生滅することがない。
當知現前地、水、火、風均名五大,性真圓融,皆如來藏,本無生滅。[SG0304126]
アーナンダよ! お前の心は迷っており、四大は本来如来蔵の妙用であることをまだ悟っていない。
阿難! 汝心昏迷,不悟四大元如來藏,[SG0304127]
よく観察しなさい! 虚空には、出入りがあるのか、ないのか?
當觀虛空為出為入? 為非出入? [SG0304128]
お前はまったくこの道理を知らない。如来蔵においては、正覚の性は空の真性であり、空の真性は正覚の性なのである。
汝全不知如來藏中性覺真空、性空真覺,[SG0304129]
その真性は本来清浄であり、法界に遍満し、衆生の心に応じ、法則に基づくものである。
清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。[SG0304130]
アーナンダよ! たとえば、一つの井戸があれば、そこには一井戸分の虚空がある。十方の虚空もまさにそのように十方に遍満している。
阿難! 如一井空、空生一井,十方虛空亦復如是,圓滿十方,[SG0304131]
では、虚空の性が存在しない場所はどこにあるのか? それは業力によって現れるものにすぎない。
寧有方所? 循業發現,[SG0304132]
世間の人々は無知であり、空大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性;[SG0304133]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義! [SG0304134]
六、見大
アーナンダよ! 見は色・空によって起こるものであり、自身は知覚を持っていない。
阿難! 見覺無知,因色空有。[SG0304135]
たとえば、お前はいまこの祇陀林にいる。
如汝今者在祇陀林,[SG0304136]
朝には林が明るく、暮れには林が薄暗い。
朝明、夕昏,[SG0304137]
夜中には満月が明るく、新月が暗い。
設居中宵,白月則光、黑月便暗;[SG0304138]
このように、見は明かりや闇を識別する。
則明暗等因見分析。[SG0304139]
では、見は、明かり・闇・虚空と一体なのか、それとも一体ではないのか?
此見為復與明、暗相并太虛空為同一體? 為非一體? [SG0304140]
それらは同じものか、同じものではないか、異なるものか、それとも異なるものではないか?
或同非同? 或異非異? [SG0304141]
アーナンダよ! もし見が本来明かり・闇・虚空と一体であるならば、明かりと闇は互いに打ち消し合うはずだ。
阿難! 此見若復與明與暗及與虛空元一體者,則明與暗二體相亡。[SG0304142]
また、暗い所には明かりがなく、明るい所には闇がない。
暗時無明,明時非暗,[SG0304143]
もし見が闇と一体であるなら、明るい所では見が消滅するはずだ。
若與暗一,明則見亡;[SG0304144]
逆に、もし見が明かりと一体であるなら、暗い所では見が消滅するはずだ。
必一於明,暗時當滅,[SG0304145]
ならば、なぜ明かりと闇の両者を見ることができるのか?
滅則云何見明見暗? [SG0304146]
闇と明かりは相反する状態である。見は生滅することがない。一体という状態は成り立ちえないはずだ。
若暗明殊,見無生滅,一云何成? [SG0304147]
一方、もし見が明かり・闇・虚空と一体でなければ、明かり・闇・虚空を離れた見はいったいどんなありさまであろうか?
若此見精與暗與明非一體者,汝離明暗及與虛空,分析見元作何形相? [SG0304148]
三者を離れた見は亀毛兎角のように、存在しえないものである。
離明、離暗及離虛空,是見元同龜毛兔角。[SG0304149]
しかし、明かり・闇・虚空はそれぞれの性質を持つが、見はそのどちらで成り立つのか?
明、暗、虛空三事俱異,從何立見? [SG0304150]
明かりと闇は相反する性質なのに、なぜ同じものと言えるのか?
明、暗相背,云何或同? [SG0304151]
三者を離れれば見は存在しないのに、なぜ異なるものと言えるのか?
離三元無,云何或異? [SG0304152]
見と虚空とを切り離すことはありえないのに、なぜ同じものではないと言えるのか?
分空、分見本無邊畔,云何非同? [SG0304153]
明かりと闇は色塵の変化である。しかし、見の作用は不変である。なぜ異なるものではないと言えるのか?
見暗見明、性非遷改,云何非異? [SG0304154]
お前はもっと綿密に観察し、もっと深く考えなさい!
汝更細審、微細審、詳審、諦審觀,[SG0304155]
明かりの性は太陽に属し、闇の性は新月に属し、
明從太陽,暗隨黑月,[SG0304156]
流通の性は虚空に属し、障害の性は大地に属する。
通屬虛空,壅歸大地,[SG0304157]
それでは、見の性はいったい何に属するのか?
如是見精因何所出? [SG0304158]
見は知覚であり、虚空は何もなく、両者が和合することはできない。
見覺、空頑,非和非合,[SG0304159]
見は何の条件もなく自ら起こるもののはずがない。
不應見精無從自出。[SG0304160]
聴きなさい! 見大(見・聴・嗅・嘗・触覚・意)の真性は円満で、不動で、法界に遍満している。
若見、聞、知性圓周遍,本不動搖,[SG0304161]
見大・果てしなく不動である虚空・及び変化することがある地・水・火・風、これらは六大と称され、
當知無邊不動虛空并其動搖地、水、火,風,均名六大。[SG0304162]
その真性が円融であり、いずれも如来蔵の妙用であって、生滅することがない。
性真圓融,皆如來藏,本無生滅。[SG0304163]
アーナンダよ! お前の心は迷っており、見・聞・覚・知は本来如来蔵の妙用であることをまだ悟っていない。
阿難! 汝性沈淪,不悟汝之見、聞、覺、知本如來藏。[SG0304164]
よく観察しなさい! 見・聞・覚・知は生滅することがあるのか、同じものか、異なるものか、
汝當觀此見、聞、覺、知,為生、為滅? 為同、為異? [SG0304165]
または生滅することがないものか、同じものでないか、異なるものでないか?
為非生滅? 為非同異? [SG0304166]
お前はこの道理を知らない。如来蔵においては、見大の真性は本覚(本来備わっている仏の悟り)の妙明な真性であり、本覚は真の見である。
汝曾不知如來藏中性見覺明、覺精明見,[SG0304167]
その真性は本来清浄であり、法界に遍満し、衆生の心に応じ、法則に基づくものである。
清淨本然周遍法界,隨眾生心應所知量。[SG0304168]
見の性は全法界に遍満しているように、聴の性・嗅の性・嘗の性・触覚の性・意の性も晶瑩(きらきらして透明である)で、妙徳(妙なる功徳)が備わり、法界に遍満している。
如一見根見周法界,聽、嗅、嘗觸、覺觸、覺知,妙德瑩然,遍周法界,[SG0304169]
十方の虚空に遍満する見大の性の存在しない場所はどこにあるのか? それは業力によって現れるものにすぎない。
圓滿十虛,寧有方所? 循業發現,[SG0304170]
世間の人々は無知であり、見大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性。[SG0304171]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義! [SG0304172]
七、識大
アーナンダよ! 識は根源がなく、六根と六塵との接触によって生起する幻影にすぎない。
阿難! 識性無源,因於六種根塵妄出。[SG0304173]
いまお前がこの会場の聖者たちを見回す時、目は鏡のように識別の働きを持っていない。
汝今遍觀此會聖眾,用目循歷,其目周視,但如鏡中無別分析;[SG0304174]
しかし、汝の識は、『あの人は文殊菩薩、あの人はプールナ、あの人はマウドガリヤーヤナ、あの人はスブーティ、あの人はシャーリプトラ』と対象を識別する。
汝識於中次第標指,此是文殊、此富樓那、此目犍連、此須菩提、此舍利弗。[SG0304175]
では、この識は見によって生起するものか、相によって生起するものか、虚空によって生起するものか、それとも何の条件もなく自ら急に生起するものか?
此識了知,為生於見? 為生於相? 為生虛空? 為無所因突然而出? [SG0304176]
アーナンダよ! もし識が見によって生起するものであれば、明かりも闇、色塵も虚空もない時、見そのものが成り立ちえず、識はどのように生起するのか?
阿難! 若汝識性生於見中,如無明、暗及與色、空,四種必無,元無汝見;見性尚無,從何發識? [SG0304177]
もし見ではなく、識が相によって生起するものであれば、明かり・闇・色塵・虚空など一切の相を見ていない時、識はどのように生起するか?
若汝識性生於相中、不從見生,既不見明、亦不見暗,明暗不矚,即無色、空;彼相尚無,識從何發? [SG0304178]
さらに、もし相でも見でもなく、識が虚空によって生起するものであれば、見なければ明かり・闇・色塵・虚空を知ることはありえない。
若生於空,非相、非見,非見無辯,自不能知明、暗、色、空;[SG0304179]
一方、相がなければ見・聞・覚・知は依り所を失う。
非相滅緣,見、聞、覺、知無處安立。[SG0304180]
虚空は無でも色塵でもなく、たとえ識は虚空によって生起したとしても、いったい何を識別するのか?
處此二非,空非同無,有非同物;縱發汝識,欲何分別? [SG0304181]
もし識が何の条件もなく自ら急に生起するものであれば、なぜ昼に月を識別することはないのか?
若無所因突然而出,何不日中別識明月? [SG0304182]
お前はさらに念入りに、綿密に、深く考えなさい!
汝更細詳、微細詳審,[SG0304183]
見は目に属し、相は前塵に属し、
見託汝睛,相推前境,[SG0304184]
相あるものは有であり、相なきものは無である。
可狀成有,不相成無,[SG0304185]
では、識はいったい何によって生起するのか?
如是識緣因何所出? [SG0304186]
識は不動ではなく、見は不動であり、両者が和合することはできない。聞・覚・知もまた同様である。
識動、見澄,非和非合;聞、聽、覺、知亦復如是,[SG0304187]
識は自ら無から生起するもののはずがない。
不應識緣無從自出。[SG0304188]
聴きなさい! 識は本来根源なきものであり、識の性と見・聞・覚・知の性は円満で、湛然で、何ものにも依らない。
若此識心本無所從,當知了別見、聞、覺、知,圓滿湛然,性非從所;[SG0304189]
識は見・虚空・地・水・火・風と共に七大と称され、その真性が円融であり、如来蔵の妙用であり、生滅することがない。
兼彼虛空、地、水、火、風,均名七大。性真圓融,皆如來藏,本無生滅。[SG0304190]
アーナンダよ! お前の観察はまだ粗雑であり、見・聞・覚・知と識は本来如来蔵の妙用であることをまだ悟っていない。
阿難! 汝心麁浮,不悟見、聞、發明了知,本如來藏。[SG0304191]
よく観察しなさい! 六識は同一のものなのか、異なるもののか、空なのか、有なのか、
汝應觀此六處識心,為同、為異? 為空、為有? [SG0304192]
または同一のものでないのか、異なるものでないか、空でないのか、有でないのか?
為非同異? 為非空有? [SG0304193]
お前は知らない。如来蔵においては、識の真性は本覚の妙明な真性であり、本覚は真の識である。
汝元不知如來藏中性識明知、覺明真識,[SG0304194]
識の真性は妙明で、湛然で、法界に遍満し、十方の虚空に遍く覆う。
妙覺湛然,遍周法界,含吐十虛,[SG0304195]
それでは、識の性が存在しない場所はどこにあるのか? それは業力によって現れるものにすぎない。
寧有方所? 循業發現,[SG0304196]
世間の人々は無知であり、識大が因縁によって出現し、あるいは自然に存在するものと思い込んでいる。
世間無知,惑為因緣及自然性;[SG0304197]
それらは識別の心の推測にすぎず、単なる空疎な言説なのだ。」
皆是識心分別計度,但有言說,都無實義。」[SG0304198]
Copyright © 2024- 天経閣. All rights reserved.