【楞厳経】巻三
十二処
また、アーナンダよ! なぜ十二処は本来如来蔵の妙明な真如の性であるのか?
復次,阿難! 云何十二處本如來藏妙真如性? [SG0302001]
一、見と色塵
アーナンダよ! 外の祇陀林や泉や池を見なさい。どう思うか?
阿難! 汝且觀此祇陀樹林及諸泉池,於意云何? [SG0302002]
見は色塵から生じるものか、それとも眼根は色の相を生じるものか?
此等為是色生眼見,眼生色相? [SG0302003]
アーナンダよ! もし眼根が色の相を生じるものであれば、色塵ではない虚空を見る時、色の相を生じず、その見は無のはずだ。
阿難! 若復眼根生色相者,見空非色,色性應銷;銷則顯發一切都無;[SG0302004]
その場合、虚空の存在を確認できる人はいるのか?
色相既無,誰明空質? [SG0302005]
同様に、眼根が虚空の相を生じるという考えも成り立たない。
空亦如是。[SG0302006]
一方、もし見が色塵から生じるものであれば、色塵ではない虚空を見る時、見は生じないはずだ。
若復色塵生眼見者,觀空非色,見即銷亡;[SG0302007]
その見のない状態で虚空が見られる人はいるのか?
亡則都無,誰明空色? [SG0302008]
それゆえ、見、色塵及び虚空はすべて在り処がなく、
是故當知見與色、空俱無處所,[SG0302009]
すなわち、色塵と見は本来虚妄であり、因縁によって存在するものでもなく、自然に存在するものでもないのだ。
即色與見二處虛妄,本非因緣、非自然性。[SG0302010]
二、聴と声塵
アーナンダよ! お前は聞いたことがあろう。この祇陀林では、食事の時刻になると、僧は太鼓を打ち、大鐘を撞く。その響きが次々と響き渡る。どう思うか?
阿難! 汝更聽此祇陀園中食辦擊鼓,眾集撞鐘,鐘鼓音聲前後相續。於意云何? [SG0302011]
声は鐘・鼓から耳へ伝わってくるものか、それとも耳は音の源へ赴くものか?
此等為是聲來耳邊,耳往聲處? [SG0302012]
アーナンダよ! もし声が鐘・鼓から耳に伝わってくるものであれば、たとえば、私が舎衛城で托鉢をする時、祇陀林には私がいないように、
阿難! 若復此聲來於耳邊,如我乞食室羅筏城,在祇陀林則無有我;[SG0302013]
声がアーナンダの耳に至った時、マウドガリヤーヤナ、マハーカーシヤパと皆はその声が聞こえないはずだ。
此聲必來阿難耳處,目連、迦葉、應不俱聞? [SG0302014]
なぜ千二百五十人の沙門(僧侶)は大鐘の音が聞こえ、斎堂に集まってくるのか?
何況其中一千二百五十沙門,一聞鐘聲同來食處? [SG0302015]
逆に、もし耳が音の源へ赴くものであれば、たとえば、私が祇陀林に戻った後、舎衛城には私がいないように、
若復汝耳往彼聲邊,如我歸住祇陀林中,在室羅城則無有我。[SG0302016]
お前が太鼓の音を聞いた時、耳がすでに太鼓の場所へ赴いてしまい、同時に鳴り響く大鐘の音が聞こえないはずだ。
汝聞鼓聲,其耳已往擊鼓之處;鐘聲齊出,應不俱聞? [SG0302017]
ましてや、象・馬・牛・羊が同時に鳴く時、なぜそれらの鳴き声を同時に聞くことができるのか?
何況其中象、馬、牛、羊種種音響? [SG0302018]
しかし、もし来ることもなく、行くこともなければ、聞くという働きは成り立ちえないはずだ。
若無來、往,亦復無聞? [SG0302019]
それゆえ、聴と声塵はすべて在り処がなく、
是故當知聽與音聲俱無處所,[SG0302020]
すなわち、聴と声塵は本来虚妄であり、因縁によって存在するものでもなく、自然に存在するものでもないのだ。
即聽與聲二處虛妄,本非因緣、非自然性。[SG0302021]
三、嗅と香塵
アーナンダよ! この香炉の中で燃えている栴檀香(香木)を嗅いでみなさい。
阿難! 汝又嗅此鑪中栴檀,[SG0302022]
一銖(重さの単位。一両の二十四分の一)の栴檀香を焚くだけで、舎衛城の四十里の内ではその香りを嗅ぐことができる。どう思うか?
此香若復然於一銖,室羅筏城四十里內同時聞氣。於意云何? [SG0302023]
香りは栴檀木から生じるものか、鼻から生じるものか、それとも虚空から生じるものか?
此香為復生栴檀木,生於汝鼻,為生於空? [SG0302024]
アーナンダよ! もし香りが鼻から生じるものであれば、香りは鼻孔から溢れ出るはずだ。
阿難! 若復此香生於汝鼻,稱鼻所生,當從鼻出;[SG0302025]
鼻は栴檀木ではないのに、なぜ鼻の中に栴檀木の香りがするのか?
鼻非栴檀,云何鼻中有栴檀氣? [SG0302026]
そもそも『嗅ぐ』とは、香りが外から鼻に入るということであるが、香りが鼻の中から出るものであれば、『嗅ぐ』という意味に合わない。
稱汝聞香,當於鼻入,鼻中出香,說聞非義。[SG0302027]
一方、もし香りが虚空から生じるものであれば、虚空は変わらないゆえ、香りは常にするはずだ。
若生於空,空性常恒,香應常在,[SG0302028]
では、なぜわざわざ香炉でこの枯れ木を焚く必要があるのか?
何藉鑪中爇此枯木? [SG0302029]
また、もし香りが栴檀木から生じるものであれば、栴檀木の香煙が鼻根に届かなければ香りを嗅ぐことはありえないはずだ。
若生於木,則此香質因爇成煙,若鼻得聞,合蒙煙氣? [SG0302030]
しかし、煙は空へ昇ってなお遠方に至っていないのに、なぜ舎衛城の四十里の内でその香りを嗅ぐことができるのか?
其煙騰空未及遙遠,四十里內云何已聞? [SG0302031]
それゆえ、香塵、鼻根と嗅はすべて在り処がなく、
是故當知香、鼻與聞俱無處所,[SG0302032]
すなわち、嗅と香塵は本来虚妄であり、因縁によって生起したものでもなく、自然に生起したものでもないのだ。
即嗅與香二處虛妄,本非因緣、非自然性。[SG0302033]
四、嘗と味塵
アーナンダよ! お前は毎日朝食と昼食の時に皆と共に托鉢をする。
阿難! 汝常二時眾中持鉢,[SG0302034]
時には酪(牛や羊の乳から作る飲み物)、酥(牛や羊の乳を煮詰めて濃くした食品)、あるいは最上の味と称される醍醐(牛や羊の乳を精製した食品)を受け取ることがあろう? どう思うか?
其間或遇酥酪醍醐,名為上味。於意云何? [SG0302035]
それらの味は虚空から生じるものか、舌から生じるものか、それとも食べ物から生じるものか?
此味為復生於空中? 生於舌中? 為生食中? [SG0302036]
アーナンダよ! もし味が舌から生じるものであれば、口の中にはただ一つの舌のみがあるのに、
阿難! 若復此味生於汝舌,在汝口中秖有一舌,[SG0302037]
舌の味は一度酥の味となったら、後に黒石蜜(甘蔗糖)を食べても味は変わらないはずだ。
其舌爾時已成酥味,遇黑石蜜應不推移。[SG0302038]
そうであれば、味わうということは成り立ちえない。
若不變移,不名知味;[SG0302039]
逆に、もし味が変わるというなら、一つの舌は多くの個体ではないのに、なぜ一つの舌で多様な味を見ることができるのか?
若變移者,舌非多體,云何多味一舌之知? [SG0302040]
また、もし味が食べ物から生じるものであれば、食べ物は知覚がないのに、なぜ自分の味を見ることができるのか?
若生於食,食非有識,云何自知? [SG0302041]
もし食べ物が自分の味を見るというなら、それは他人が食べるのと同じであり、お前はその味覚と無関係になってしまう。
又食自知,即同他食,何預於汝名味之知? [SG0302042]
さらに、もし味が虚空から生じるものであれば、虚空を舐める時、どんな味がするのか?
若生於空,汝噉虛空,當作何味? [SG0302043]
もし虚空が塩味がするならば、お前の舌も顔も常に塩味に浸されているはずだ。
必其虛空若作鹹味,既鹹汝舌亦鹹汝面,[SG0302044]
そうなれば、世間の人々はまるで海水に棲む魚のように、常に塩味しか感じられず、薄味を知ることはありえないことになる。
則此界人同於海魚。既常受鹹,了不知淡,[SG0302045]
薄味を知ることができない場合には、相対的な塩味も知りえない。
若不識淡亦不覺鹹;[SG0302046]
何の味も知ることができないというなら、味わうことは成り立ちえない。
必無所知,云何名味? [SG0302047]
それゆえ、味塵、舌根と嘗は皆在り処がなく、
是故當知味、舌與甞俱無處所,[SG0302048]
すなわち、嘗と味塵は本来虚妄であり、因縁によって存在するものでもなく、自然に存在するものでもないのだ。
即甞與味二俱虛妄,本非因緣、非自然性。[SG0302049]
五、触覚と触塵
アーナンダよ! お前は常に早朝に手で自分の頭を撫でるだろう。どう思うか?
阿難! 汝常晨朝以手摩頭,於意云何? [SG0302050]
その接触を感じる主体は手にあるのか、それとも頭にあるのか?
此摩所知,誰為能觸? 能為在手、為復在頭? [SG0302051]
もし手にあるならば、頭はその接触を感じることができないはずだ。なぜ自分の頭を撫でるのか?
若在於手,頭則無知,云何成觸? [SG0302052]
もし主体が頭にあるならば、手には触覚がないことになってしまい、なぜ手で物に触るのか?
若在於頭,手則無用,云何名觸? [SG0302053]
もし頭にも手にも感じる主体があるというならば、お前の体内には二人のアーナンダが存在することになってしまう。
若各各有,則汝阿難應有二身。[SG0302054]
また、もし頭と手が同じ触覚を共有するものであれば、両者は同一の存在となってしまい、しかし、同一の存在が自らに触ることはありえない。
若頭與手,一觸所生,則手與頭當為一體;若一體者,觸則無成。[SG0302055]
もし頭と手が別の存在であるならば、その触覚はどちらから起こるのか?
若二體者,觸誰為在? [SG0302056]
どちらが接触の主体で、どちらが接触の客体なのか?
在能非所,在所非能;[SG0302057]
さらに、虚空がお前と接触するということは成り立たない。
不應虛空與汝成觸。[SG0302058]
それゆえ、触塵、身根と触覚は皆在り処がなく、
是故當知覺、觸與身俱無處所,[SG0302059]
すなわち、触覚と触塵は本来虚妄であり、因縁によって存在するものでもなく、自然に存在するものでもないのだ。
即身與觸二俱虛妄,本非因緣、非自然性。[SG0302060]
六、意と法塵
アーナンダよ! 意根には常に善、あるいは悪、あるいは無記(善でも悪でもないこと)の三種の法塵が現れる。
阿難! 汝常意中所緣善、惡、無記三性,生成法則;[SG0302061]
では、法塵は心から生じるものか、それとも心を離れて別の所に存在するものか?
此法為復即心所生? 為當離心別有方所? [SG0302062]
アーナンダよ! もし法塵が心から生じるものであれば、それは外境ではないものである。
阿難! 若即心者,法則非塵,[SG0302063]
外境でないものであれば、その在り処はどこにあるのか?
非心所緣,云何成處? [SG0302064]
もし法塵が心を離れて別の所に存在するものであれば、では法塵は知覚を持つものか、それとも知覚を持っていないものか?
若離於心別有方所,則法自性為知非知? [SG0302065]
もし知覚を持つものであれば、それは心というものである。
知則名心,[SG0302066]
しかし、その心はお前の心ではなく、塵境でもなく、それは誰の心か?
異汝非塵,同他心量。[SG0302067]
もしそれがお前の心であるなら、なぜお前は二つの心を持つのか?
即汝即心,云何汝心更二於汝? [SG0302068]
もし法塵が知覚を持っていないものであれば、法塵は色・声・香・味・離・合・寒冷・温暖、そして虚空のいずれでもないのに、いったいどこに存在するのか?
若非知者,此塵既非色、聲、香、味、離、合、冷、煖及虛空相,當於何在? [SG0302069]
法塵は色界にも虚空にも属せず、もしかすると虚空以外の空間があるのか? そのような心が届かない所が本当に存在するのか?
今於色、空都無表示,不應人間更有空外。心非所緣,處從誰立? [SG0302070]
それゆえ、意と法塵はすべて在り処がなく、
是故當知法則與心俱無處所,[SG0302071]
すなわち、意と法塵は本来虚妄であり、因縁によって存在するものでもなく、自然に存在するものでもないのだ。
則意與法二俱虛妄,本非因緣、非自然性。[SG0302072]
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