りょうごんきょう】巻二


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 八還  


シャ様:

佛告阿難:[SG0203001]

「見の主体である真心はほんらい清明である。

「且汝見我見精明元,[SG0203002]

見そのものはこのみょうめいな真心ではなく、

此見雖非妙精明心,[SG0203003]

第二の月(寄り目で月を見て二つの月が見られる。その月)のような幻影であり、

如第二月;[SG0203004]

水に映るげつえいのようなものではない。

非是月影。[SG0203005]

よく聴きなさい。いま、なぜみょうめいな心は返る所がないのかを説こう。

汝應諦聽! 今當示汝無所還地。[SG0203006]


アーナンダよ! 見なさい! この大講堂の門は大きく開いている。

阿難! 此大講堂洞開,[SG0203007]

東の空に太陽が昇れば、大地は明るくなる。

東方日輪昇天則有明耀;[SG0203008]

新月の夜に、雲や霧が空を覆えば、大地は暗くなる。

中夜黑月,雲霧晦暝,則復昏暗;[SG0203009]

戸などの隙があれば通ることはできる。

戶牖之隙則復見通;[SG0203010]

壁は通行を妨げる。

牆宇之間則復觀擁;[SG0203011]

べつする箇所には縁がある。

分別之處則復見緣;[SG0203012]

何もないくうには空の性が満ちている。

頑虛之中遍是空性;[SG0203013]

塵が舞えば濁りがある。

欝𡋯之象則紆昏塵;[SG0203014]

雨上がりは空気が清澄になる。

澄霽斂氛又觀清淨。[SG0203015]


アーナンダよ、よく聴きなさい! いまお前たちにそれらのへんの相の返る所を説いてやろう。

阿難! 汝咸看此諸變化相,吾今各還本所因處。云何本因? [SG0203016]

アーナンダよ、それらのへんの相について、

阿難! 此諸變化,[SG0203017]

明かりは太陽に返る。なぜなら、太陽がなければ明かりはないからだ。

明還日輪;何以故? 無日不明,[SG0203018]

明かりは太陽に属するゆえに太陽に返るのだ。

明因屬日,是故還日。[SG0203019]

闇は新月に返る。

暗還黑月;[SG0203020]

通る性質は戸に返る。

通還戶牖;[SG0203021]

妨げは壁に返る。

擁還牆宇;[SG0203022]

縁はべつという働きに返る。

緣還分別;[SG0203023]

空の性はくうに返る。

頑虛還空;[SG0203024]

濁りは塵に返る。

欝𡋯還塵;[SG0203025]

清澄はせいに返る。

清明還霽。[SG0203026]


すべての可視の相はこの八種の性質に限り、では、この八種の性質が見られる見の性は、いったいどれに返るべきであろうか?

則諸世間一切所有,不出斯類。汝見八種見精明性,當欲誰還! [SG0203027]

もし明かりに返るというなら、明かりがない時に闇を見ることはありえないはずだ。

何以故? 若還於明,則不明時無復見暗。[SG0203028]

境には明暗のべつがあるが、見の性には差異がない。

雖明暗等種種差別,見無差別,[SG0203029]

返るものはもちろんお前自身ではない。

諸可還者自然非汝;[SG0203030]

返らないものがお前自身ではないなら誰のものであろうか?

不汝還者非汝而誰? [SG0203031]

真心はほんらいしょうじょうであり、みょうめいである。

則知汝心本妙明淨,[SG0203032]

お前たちは自ら迷い、しんせいを見失い、しょうかいの中で浮沈しているのだ。

汝自迷悶喪本受輪,於生死中常被漂溺,[SG0203033]

だから私は、お前たちがかわいそうだと言うのだ。」

是故如來名可憐愍。」[SG0203034]


アーナンダ:

阿難言:[SG0203035]

「いま私はこの見の性が返ることのないものだと承知しました。

「我雖識此見性無還,[SG0203036]

しかし、これが私自身のしんせいであることを、どのようにして証明するのでしょうか?」

云何得知是我真性?」[SG0203037]


シャ様:

佛告阿難:[SG0203038]

「では、質問がある。

「吾今問汝:[SG0203039]

お前はなおしょうじょうきょうに達しておらず、しかし、私のしんりきによって視野がしょぜんてんにまで及び、障りがない。

今汝未得無漏清淨,承佛神力見於初禪,得無障礙;[SG0203040]

アニルッダ(阿那律)は手にするあんろく(ユカン)を見るように、この世界を見ることができる。

而阿那律見閻浮提,如觀掌中菴摩羅菓;[SG0203041]

さつたちは百千の世界が見られる。

諸菩薩等見百千界;[SG0203042]

にょらいたちに至っては、じっぽうじんすうしょうじょうな国土が全部見られるのだ。

十方如來窮盡微塵清淨國土無所不矚;[SG0203043]

以上に比べ、しゅじょうの視野は方寸(一平方。狭い範囲に喩える)にすぎない。

眾生洞視不過分寸。[SG0203044]


アーナンダよ! 私はお前と共に四てんのう(天下をしゅしている四天のてんのう)のきゅう殿でんを見渡そう。

阿難! 且吾與汝觀四天王所住宮殿,中間遍覽,[SG0203045]

そこにおいて、水・陸・空にさまざまなものが見えるが、すべて心に映るぜんじんにすぎない。

水陸空行雖有昏明種種形像,無非前塵分別留礙。[SG0203046]

それらの境や物から自身と外物をべつしよう。

汝應於此分別自他,[SG0203047]

どれが自身の存在で、どれが外物か? いま私はお前に代わって示そう。

今吾將汝擇於見中,誰是我體? 誰為物象? [SG0203048]

アーナンダよ! いま見える日月宮は外物であり、お前自身の存在ではない。

阿難! 極汝見源,從日月宮是物非汝,[SG0203049]

そして七きんざんの周りを見回し、種々の光は外物であり、お前自身の存在ではない。

至七金山周遍諦觀,雖種種光亦物非汝;[SG0203050]

さらに見て、漂う雲・飛ぶ鳥・風に舞う塵土・さんせんそうもく・人や獣も、すべて外物であり、お前自身の存在ではない。

漸漸更觀雲騰、鳥飛、風動塵起、樹木、山川、草芥、人畜,咸物非汝。[SG0203051]


万物にはそれぞれの性質があるが、すべては見から映し出されるものだ。

阿難! 是諸近遠諸有物性,雖復差殊,同汝見精清淨所矚。[SG0203052]

万物はせんばんべつだが、見の性には差異がない。

則諸物類自有差別,見性無殊。[SG0203053]

このみょうめいな性質こそお前の見の性である。

此精妙明,誠汝見性。[SG0203054]

もし見が物であるならば、お前は私の見を見ることができるはずだ。

若見是物,則汝亦可見吾之見。[SG0203055]

もし『私の見ている所を見る』ことを、『私の見を見る』というならば、では、私が視線をそらす時、私の見の動きを捉えることはできるのか?

若同見者名為見吾,吾不見時,何不見吾不見之處? [SG0203056]

もしできるならば、その見は私の見と違うはずだ。

若見不見,自然非彼不見之相。[SG0203057]

もしできないならば、見が物ではないことは言うまでもない。

若不見吾不見之地,自然非物,[SG0203058]

それでは、なぜ見の性がお前自身のものではないと言えるのか?

云何非汝? [SG0203059]

もし見が物であるなら、お前が物を見ている時、物もまたお前を見ていることになってしまう。

又則汝今見物之時,汝既見物,物亦見汝;[SG0203060]

主体と客体が錯乱し、私たちと世間のすべては成り立ちえないはずだ。

體性紛雜,則汝與我并諸世間不成安立。[SG0203061]


アーナンダよ! お前が見る時、その見の性はお前自身のものであり、私のものではない。

阿難! 若汝見時,是汝非我;[SG0203062]

その遍在する見の性がお前自身の存在ではないなら誰であろうか?

見性周遍,非汝而誰? [SG0203063]

なぜ自分のしんせいを疑い、逆に私からしんせいを求めるのか?」

云何自疑汝之真性,性汝不真,取我求實!」[SG0203064]



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