【楞厳経】巻一
客塵
その時、お釈迦様は輝く縵網相(指の間に水かきがある。如来の三十二相の一つ)の兜羅綿手を伸ばし、五輪指を開いて、アーナンダと会衆に言いました。
爾時,世尊舒兜羅綿網相光手,開五輪指,誨勅阿難及諸大眾:[SG0105001]
「私が成道した後、初めに鹿野苑でアジュニャータ(阿若多。阿若・憍陳如)などの五比丘(釈迦が成道した後、最初に釈迦の弟子となった五人の修行者)にこう説いた、
「我初成道,於鹿園中,為阿若多五比丘等及汝四眾言:[SG0105002]
『すべての衆生は菩提(正覚)や阿羅漢の境地に達することができないのは、客塵(客と塵)煩悩に惑わされているからだ。』
『一切眾生不成菩提及阿羅漢,皆由客塵煩惱所誤。』[SG0105003]
では、その時、お前たちが悟ったことは何であったか? その悟りによって聖者の果位を得た。」
汝等當時因何開悟,今成聖果?」[SG0105004]
そこで、アジュニャータは席から立ち上がり、お釈迦様に言いました。
時憍陳那起立白佛:[SG0105005]
「私は世尊様の最初の弟子として、僧団の中で最初に悟りを開いた者でございます。私は『客』と『塵』の本質を悟ったゆえ、聖者の位に登ったのです。
「我今長老,於大眾中獨得解名,因悟客塵二字成果。[SG0105006]
世尊様。たとえば、ある旅客は宿屋にしばらく滞在し、食事や休息をします。休み終えると荷をまとめ、再び旅を続け、宿屋に定住しません。
世尊! 譬如行客投寄旅亭,或宿或食,食宿事畢,俶裝前途,不遑安住;[SG0105007]
一方、宿屋の主人はもちろん自分の宿屋に定住するでしょう。
若實主人,自無攸往。[SG0105008]
私はこのように拝察しました。
如是思惟:[SG0105009]
落ち着かない者を客と呼び、落ち着く者を主人と呼びます。
『不住名客,住名主人,[SG0105010]
すなわち、客とは落ち着かないものです。
以不住者名為客義。』[SG0105011]
また、たとえば霽(雨が止んで晴れること)時に日は晴れの空に輝きます。
又如新霽,清暘昇天,[SG0105012]
光は窓から室内に射し込むと、空中の塵がはっきりと見えます。
光入隙中,發明空中諸有塵相;[SG0105013]
塵は漂い続けますが、虚空は常に静止しているのです。
塵質搖動,虛空寂然。[SG0105014]
私はこのように拝察しました。
如是思惟:[SG0105015]
澄んで静寂的なものを虚空と呼び、動くものを塵と呼びます。
『澄寂名空,搖動名塵,[SG0105016]
すなわち、塵とは常に動いているものです。」
以搖動者名為塵義。』」[SG0105017]
お釈迦様:
佛言:[SG0105018]
「そのとおりだ。」
「如是。」[SG0105019]
その時、お釈迦様は会衆の中で、五輪指の御手を握っては開き、開いては握り、アーナンダに言いました。
即時如來於大眾中,屈五輪指,屈已復開、開已又屈,謂阿難言:[SG0105020]
「お前はいま何が見えるか?」
「汝今何見?」[SG0105021]
アーナンダ:
阿難言:[SG0105022]
「世尊様が皆の前で百宝輪の御手を開合(手をグーパーすること。開は手を開くこと、そして『オン』の意味も含む。合は拳を握ること、そして『オフ』の意味も含む)しておいでになるのを拝見しています。」
「我見如來百寶輪掌,眾中開合。」[SG0105023]
お釈迦様:
佛告阿難:[SG0105024]
「お前は、私が手を開合しているのを見たが、
「汝見我手眾中開合,[SG0105025]
では、その開合は私の手の動きなのか、それとも、その開(オン)・合(オフ)はお前の『見の性』の変化なのか?」
為是我手有開有合? 為復汝見有開有合?」[SG0105026]
アーナンダ:
阿難言:[SG0105027]
「私は、世尊様が皆の前で宝手(如来の手の尊称)を開合しておいでになったのを拝見しました。
「世尊寶手眾中開合,[SG0105028]
その開合の動きは世尊様の御手の動きであり、私の『見の性』の開合ではありません。」
我見如來手自開合,非我見性自開自合。」[SG0105029]
お釈迦様:
佛言:[SG0105030]
「どちらが動くものか? どちらが静止するものか?」
「誰動誰靜?」[SG0105031]
アーナンダ:
阿難言:[SG0105032]
「動くものは世尊様の御手でございます。
「佛手不住,[SG0105033]
私の見の性には、静止の性さえもなく、ましてや動の性は言うまでもないことです。」
而我見性尚無有靜,誰為無住!」[SG0105034]
お釈迦様:
佛言:[SG0105035]
「そのとおりだ。」
「如是。」[SG0105036]
そして、お釈迦様は百宝輪の掌から一筋の宝光を放ち、宝光はアーナンダの右側を飛び越えました。
如來於是從輪掌中,飛一寶光在阿難右,[SG0105037]
アーナンダはすぐに振り返り、その宝光を見やりました。
即時阿難迴首右𥌊;[SG0105038]
再びお釈迦様は一筋の宝光を放ち、今度宝光はアーナンダの左側を飛び越えました。
又放一光在阿難左,[SG0105039]
アーナンダは再び振り返り、その宝光を見やりました。
阿難又則迴首左𥌊。[SG0105040]
お釈迦様:
佛告阿難:[SG0105041]
「なぜお前は首を左右に回すのか?」
「汝頭今日何因搖動?」[SG0105042]
アーナンダ:
阿難言:[SG0105043]
「世尊様がお放ちになった二筋の宝光は私の右側と左側を飛び越えました。
「我見如來出妙寶光來我左右,[SG0105044]
二筋の宝光を拝見するため、私は首を左右に回したのです。」
故左右觀,頭自搖動。」[SG0105045]
お釈迦様:
[SG0105046]
「アーナンダよ、お前は首を回して如来の放った光を見た。
「阿難! 汝𥌊佛光左右動頭,[SG0105047]
では、動くものはお前の頭なのか、それともお前の見なのか?」
為汝頭動? 為復見動?」[SG0105048]
アーナンダ:
[SG0105049]
「世尊様。動くものは私の頭でございます。
「世尊! 我頭自動,[SG0105050]
私の見の性には、静止の性さえもなく、ましてや動の性は言うまでもないことです。」
而我見性尚無有止,誰為搖動!」[SG0105051]
お釈迦様:
佛言:[SG0105052]
「そのとおりだ。」
「如是。」[SG0105053]
すると、お釈迦様は会衆に告げました。
於是如來普告大眾:[SG0105054]
「皆よ! 動くものは塵と呼ばれ、落ち着かないものは客と呼ばれる。
「若復眾生,以搖動者名之為塵,以不住者名之為客;[SG0105055]
先ほどアーナンダは首を動かしたが、見の性は動くことがない。
汝觀阿難頭自動搖,見無所動。[SG0105056]
また、私は手を開合していたが、見の性は開合することがないのだ。
又汝觀我手自開合,見無舒卷。[SG0105057]
なぜ皆は変化するものを自分の存在と誤認し、執着するのか?
云何汝今以動為身? 以動為境? [SG0105058]
皆は無始から時々刻々に種々の妄想を起こし、自分の真性を見失い、
從始洎終念念生滅,遺失真性,[SG0105059]
転倒して生き、元の本性を離れ、塵境を自身と誤認し、自ら輪廻を招くのだ。」
顛倒行事,性心失真,認物為己;輪迴是中,自取流轉!」[SG0105060]
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