入不二法門品
【維摩経】入不二法門品
不二法門(一)
その時、維摩詰は菩薩たちに問いました。
爾時維摩詰謂眾菩薩言:[VK0901001]
「御仁たちよ! 菩薩が不二法門(区別・対立のない境地)に入るとは、どういうことか?
「諸仁者!云何菩薩入不二法門?[VK0901002]
それぞれの見解を説いてみよ。」
各隨所樂說之。」[VK0901003]
その集会にいた法自在という名前の菩薩が説きました。
會中有菩薩名法自在,說言:[VK0901004]
「御仁たちよ! 生・滅は二(異なる物事)です。
「諸仁者!生滅為二。[VK0901005]
あらゆる物事はもともと生じることがないゆえ、滅することもないのです。
法本不生,今則無滅,[VK0901006]
この無生法忍の境地に入ることが、不二法門に入ることです。」
得此無生法忍,是為入不二法門。」[VK0901007]
徳守菩薩:
德守菩薩曰:[VK0901008]
「我と我所は二です。
「我、我所為二。[VK0901009]
我があるゆえに我所があります。我がないと我所もないのです。
因有我故,便有我所;若無有我,則無我所,[VK0901010]
この無我の境地に入ることが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901011]
不眴菩薩:
不眴菩薩曰:[VK0901012]
「受(受けること)と不受(受けないこと)は二です。
「受、不受為二。[VK0901013]
もし受けることがなければ、得ることがないのです。
若法不受,則不可得;[VK0901014]
何も得られないゆえに取ることも捨てることもなく、作ることもやることもないのです。
以不可得故,無取無捨、無作無行,[VK0901015]
この受けることのない境地が不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901016]
徳頂菩薩:
德頂菩薩曰:[VK0901017]
「垢と清浄は二です。
「垢、淨為二。[VK0901018]
垢の本質を見極めれば、浄穢(清浄と汚れ)の相がもともと存在しないと理解して寂滅の相に従います。
見垢實性,則無淨相,順於滅相,[VK0901019]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901020]
善宿菩薩:
善宿菩薩曰:[VK0901021]
「動と念は二です。
「是動、是念為二。[VK0901022]
心が動かないと、念が起こらないのです。
不動則無念,[VK0901023]
念がないと、区別もないのです。
無念則無分別,[VK0901024]
この境地に入ることが、不二法門に入ることです。」
通達此者,是為入不二法門。」[VK0901025]
善眼菩薩:
善眼菩薩曰:[VK0901026]
「一相と無相は二です。
「一相、無相為二。[VK0901027]
一相がつまり無相であると知って、そして、無相の観念もまた断ち切って平等の境地に入ります。
若知一相即是無相,亦不取無相,入於平等,[VK0901028]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901029]
妙臂菩薩:
妙臂菩薩曰:[VK0901030]
「菩薩の心と声聞の心は二です。
「菩薩心、聲聞心為二。[VK0901031]
心の本質が空で幻のようなものであると理解し、それで、菩薩の心も声聞の心も生じません。
觀心相空如幻化者,無菩薩心、無聲聞心,[VK0901032]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901033]
弗沙菩薩:
弗沙菩薩曰:[VK0901034]
「善と不善は二です。
「善、不善為二。[VK0901035]
善と不善の観念を起こさず、そのまま無相の境地に入ります。
若不起善、不善,入無相際而通達者,[VK0901036]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901037]
師子菩薩:
師子菩薩曰:[VK0901038]
「罪と福(善行の報い)は二です。
「罪、福為二。[VK0901039]
罪の本質を見極めれば、罪と福の本質が異なることはないと理解します。
若達罪性,則與福無異,[VK0901040]
さらに金剛(不壊)の智慧によってこの観念を断ち切り、(罪・福において)縛られることも解放されることもなくなります。
以金剛慧決了此相,無縛無解者,[VK0901041]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901042]
師子意菩薩:
師子意菩薩曰:[VK0901043]
「有漏(煩悩があること)と無漏は二です。
「有漏、無漏為二。[VK0901044]
もし諸法は平等であると悟れば、有漏と無漏の観念を起こさず、
若得諸法等,則不起漏、不漏想,[VK0901045]
しかも、相と無相の概念にとらわれません。
不著於相,亦不住無相,[VK0901046]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901047]
浄解菩薩:
淨解菩薩曰:[VK0901048]
「有為と無為は二です。
「有為、無為為二。[VK0901049]
もし両者を去れば、心は虚空のようになります。
若離一切數,則心如虛空,[VK0901050]
そのように清浄な智慧を持って無碍になることが、不二法門に入ることです。」
以清淨慧無所礙者,是為入不二法門。」[VK0901051]
那羅延菩薩:
那羅延菩薩曰:[VK0901052]
「世間(三界)と出世間(彼岸)は二です。
「世間、出世間為二。[VK0901053]
世間は本質が空で、つまり出世間です。
世間性空,即是出世間,[VK0901054]
それで、どちらにも入ったり、出たり、集まったり、散ったりしません。
於其中不入、不出、不溢、不散,[VK0901055]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901056]
【維摩経】入不二法門品
不二法門(一)
その時、維摩詰は菩薩たちに問いました。
爾時維摩詰謂眾菩薩言:[VK0901001]
「御仁たちよ! 菩薩が不二法門(区別・対立のない境地)に入るとは、どういうことか?
「諸仁者!云何菩薩入不二法門?[VK0901002]
それぞれの見解を説いてみよ。」
各隨所樂說之。」[VK0901003]
その集会にいた法自在という名前の菩薩が説きました。
會中有菩薩名法自在,說言:[VK0901004]
「御仁たちよ! 生・滅は二(異なる物事)です。
「諸仁者!生滅為二。[VK0901005]
あらゆる物事はもともと生じることがないゆえ、滅することもないのです。
法本不生,今則無滅,[VK0901006]
この無生法忍の境地に入ることが、不二法門に入ることです。」
得此無生法忍,是為入不二法門。」[VK0901007]
徳守菩薩:
德守菩薩曰:[VK0901008]
「我と我所は二です。
「我、我所為二。[VK0901009]
我があるゆえに我所があります。我がないと我所もないのです。
因有我故,便有我所;若無有我,則無我所,[VK0901010]
この無我の境地に入ることが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901011]
不眴菩薩:
不眴菩薩曰:[VK0901012]
「受(受けること)と不受(受けないこと)は二です。
「受、不受為二。[VK0901013]
もし受けることがなければ、得ることがないのです。
若法不受,則不可得;[VK0901014]
何も得られないゆえに取ることも捨てることもなく、作ることもやることもないのです。
以不可得故,無取無捨、無作無行,[VK0901015]
この受けることのない境地が不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901016]
徳頂菩薩:
德頂菩薩曰:[VK0901017]
「垢と清浄は二です。
「垢、淨為二。[VK0901018]
垢の本質を見極めれば、浄穢(清浄と汚れ)の相がもともと存在しないと理解して寂滅の相に従います。
見垢實性,則無淨相,順於滅相,[VK0901019]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901020]
善宿菩薩:
善宿菩薩曰:[VK0901021]
「動と念は二です。
「是動、是念為二。[VK0901022]
心が動かないと、念が起こらないのです。
不動則無念,[VK0901023]
念がないと、区別もないのです。
無念則無分別,[VK0901024]
この境地に入ることが、不二法門に入ることです。」
通達此者,是為入不二法門。」[VK0901025]
善眼菩薩:
善眼菩薩曰:[VK0901026]
「一相と無相は二です。
「一相、無相為二。[VK0901027]
一相がつまり無相であると知って、そして、無相の観念もまた断ち切って平等の境地に入ります。
若知一相即是無相,亦不取無相,入於平等,[VK0901028]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901029]
妙臂菩薩:
妙臂菩薩曰:[VK0901030]
「菩薩の心と声聞の心は二です。
「菩薩心、聲聞心為二。[VK0901031]
心の本質が空で幻のようなものであると理解し、それで、菩薩の心も声聞の心も生じません。
觀心相空如幻化者,無菩薩心、無聲聞心,[VK0901032]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901033]
弗沙菩薩:
弗沙菩薩曰:[VK0901034]
「善と不善は二です。
「善、不善為二。[VK0901035]
善と不善の観念を起こさず、そのまま無相の境地に入ります。
若不起善、不善,入無相際而通達者,[VK0901036]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901037]
師子菩薩:
師子菩薩曰:[VK0901038]
「罪と福(善行の報い)は二です。
「罪、福為二。[VK0901039]
罪の本質を見極めれば、罪と福の本質が異なることはないと理解します。
若達罪性,則與福無異,[VK0901040]
さらに金剛(不壊)の智慧によってこの観念を断ち切り、(罪・福において)縛られることも解放されることもなくなります。
以金剛慧決了此相,無縛無解者,[VK0901041]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901042]
師子意菩薩:
師子意菩薩曰:[VK0901043]
「有漏(煩悩があること)と無漏は二です。
「有漏、無漏為二。[VK0901044]
もし諸法は平等であると悟れば、有漏と無漏の観念を起こさず、
若得諸法等,則不起漏、不漏想,[VK0901045]
しかも、相と無相の概念にとらわれません。
不著於相,亦不住無相,[VK0901046]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901047]
浄解菩薩:
淨解菩薩曰:[VK0901048]
「有為と無為は二です。
「有為、無為為二。[VK0901049]
もし両者を去れば、心は虚空のようになります。
若離一切數,則心如虛空,[VK0901050]
そのように清浄な智慧を持って無碍になることが、不二法門に入ることです。」
以清淨慧無所礙者,是為入不二法門。」[VK0901051]
那羅延菩薩:
那羅延菩薩曰:[VK0901052]
「世間(三界)と出世間(彼岸)は二です。
「世間、出世間為二。[VK0901053]
世間は本質が空で、つまり出世間です。
世間性空,即是出世間,[VK0901054]
それで、どちらにも入ったり、出たり、集まったり、散ったりしません。
於其中不入、不出、不溢、不散,[VK0901055]
これが不二法門に入ることです。」
是為入不二法門。」[VK0901056]